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モノづくり企業の挑戦

板金業界

自社商品の「スモールスタート」
~中小板金企業が展開する自社商品トレンド~

■ コロナ禍が自社商品の展開を後押し

2020年は新型コロナウイルスが猛威を振るう一方で、中小板金企業による「自社商品」の展開がいつになく目立ちました。
このトレンドの背景には、本業である受託加工の仕事が減少し、余剰工数が発生したこと、板金製品と相性が良いアウトドア・キャンプブームが加速したこと、そしてエンドユーザーへ訴求するツールでもあるSNSがこれまで以上に浸透してきたことなどが挙げられます。これらはいずれもコロナ禍と無関係ではありません。
2020年は、コロナ禍をきっかけに「自社商品」の展開を手軽に実現できる「スモールスタート」の環境が整った節目の年といえるかもしれません。

■ なぜ、自社商品にチャレンジするか

中小製造業が「自社商品」の展開を目指す動機はさまざまですが、中でも大きいのは「新たな収益源の確保」と「本業への波及効果」でしょう。
受託加工に特化してきた中小製造業は、得意先の受注動向や投資計画、調達方針などに翻弄され続けてきました。そのため、自社の裁量・責任で生産計画や利益計画をコントロールできる「自社商品」を事業化し、本業(受託加工)とは異なるルートで収益を確保したいと考える傾向が強くみられます。

外部環境の変化に強い事業体をつくろうとしたとき、セオリーは、新規業種・新規得意先を開拓してリスクを分散することでしょう。しかし、既存顧客の仕事が薄いからといって軽はずみに新規顧客との取り引きを拡大させてしまうと、あとあと既存顧客の仕事が回復したときに、どちらかの仕事を断らざるを得なかったり、どちらの仕事も中途半端になってしまったりと“あぶはち取らず”の状況に追い込まれるおそれがあります。

その点、「自社商品」は自社の裁量でコントロールできるため、極端な話、「注文受付停止」にすれば本業に差し障ることはありません。在庫商品であれば、本業の仕事が減って工場の稼働率が低下しているときに在庫をつくり、工場の負荷を平準化することも考えられます。既存の下請け分業構造とは一線を画しているため、得意先や同業者と競合してしまうリスクも高くありません。

「自社商品」へのチャレンジは、本業に良い影響を及ぼすことも期待されます。Webサイトや展示会で新規顧客の目を引くシンボルになることもあれば、既存顧客から「これができるなら、こういう仕事もできるのでは」と新しい仕事の引き合いにつながることもあります。

人材確保・人材育成への好影響もあります。人手不足がますます深刻化するなか、「自社商品」を展開している実績や「自社商品」にチャレンジできる環境は、モノづくりに夢を抱く意欲的な若者を引きつけます。既存の社員にとっても、受託加工では得られない刺激と達成感が得られます。部品ではなく最終製品を自分たちの力でつくり上げ、メディアで取り上げられたり、売れ行きが良かったりすれば、自信や誇りにつながります。エンドユーザーから直接寄せられる喜びの声は格別の味わいがあり、本業を含む仕事全体に対するモチベーションも高まります。

中小板金企業が展開する自社商品成功事例

中小板金企業が展開する「自社商品」の実例を見ていきましょう。

■ かんざし

株式会社山崎製作所(静岡県静岡市、代表取締役:山崎かおり氏)が展開する自社ブランド「三代目板金屋」「KANZASHI」シリーズは、女性ファッションの分野に切り込み、金属製のかんざしによる新しい価値を提案しています。

同社は工作機械・医療機器・制御盤などの部品加工を手がける中小板金企業ですが、達成感が得られにくい下請けの仕事を長年続けてきたことで社員はモチベーションを失い、社内には閉塞感が蔓延していたといいます。そこで山崎社長は「板金職人の誇りを取り戻す」を信条に掲げ、女性社員が中心となって「自社商品」のプロジェクトを立ち上げました。

(株)山崎製作所の「KANZASHI」シリーズ

(株)山崎製作所の「KANZASHI」シリーズ

今や全国区の知名度を持つ「三代目板金屋」のブランドコンセプトは、板金加工のルーツである彫金職人や刀鍛冶が培ってきたモノづくり技術に「現代のデザイン」を融合させ、「金属」の新しいかたちを創造すること。「KANZASHI」は、同社の高度な板金加工技術と、さまざまな仕上げ加工の工夫によってオリジナリティーや付加価値を高めています。

販路は直販(EC)と流通・小売りの両方で、「東京インターナショナル・ギフト・ショー」への出展などを通じて有力なバイヤー(仕入責任者)に売り込みをかけ、バイヤーやエンドユーザーの声を採り入れながらラインナップを充実させています。メディアでたびたび取り上げられたことで販売は順調に伸び、入社希望者からの問い合わせも増えています。

■ ウェアラブルチェア

株式会社ニットー(神奈川県横浜市、代表取締役:藤澤秀行氏)は、中小製造業によるクラウドファンディング活用の草分けです。同社は、「資金調達」「マーケティング」「プロモーション」の3つを同時に行えるクラウドファンディングの特長を生かし、「Trick Cover」(ヌンチャク系iPhoneケース)などのヒット商品を生み出しました。

また、医療現場向けウェアラブルチェア「アルケリス」(現在はアルケリス(株)として展開)は、エンドユーザーでもある内視鏡外科手術のスペシャリストとチームを組み、SNSや展示会を活用して「公開型製品開発」を行うことで、マーケティングと開発を並行して行いました。「アルケリス」の仕組みは2020年に「作業支援用装着型下肢支持用具」として日本工業規格(JIS)で規格化され、今や医療現場のみならず、行政・農業・製造業の現場で活用されています。

アルケリス(株)の「アルケリス」

アルケリス(株)の「アルケリス」

同社は金型製造からスタートし、2004年以降は量産のプレス加工企業、アルミの板金・溶接を手がける企業、厚板のプレス加工企業をM&Aで取得。設計から試作、量産までトータルで対応できる体制を整えました。「アルケリス」は、最新モデルでは炭素繊維複合材(CFRP)も採用するようになっていますが、試作段階では一部の部品を板金加工で製作しています。藤澤社長は「自社商品へのチャレンジは、下請け体質からの脱却、社員の意識向上、異業種連携などの副次効果をもたらした」と語り、次の新たな事業展開へと結びつけています。

■ アウトドア用品

2020年、中小板金企業の自社商品としてブームになっているのは、焚き火台や、飯ごう用の固形燃料ストーブといったアウトドア用品です。把握できているだけでも10社以上、非売品(DIYなど)を含めると数えきれません。

こうしたアウトドア用品は動力いらずで形状も比較的シンプル、特別な意匠を凝らす必要もなく開発投資はわずか、そして社内の板金工程でほぼ完結できます。キャンプの愛好家にはSNSによるプロモーションも効果的で、中小板金企業による「自社商品」の「スモールスタート」にはおあつらえ向きといえます。

(有)早野研工の焚き火台「Fire Base」

(有)早野研工の焚き火台「Fire Base」

中でも脚光を浴びたのが、有限会社早野研工(岐阜県大垣市、代表取締役:早野文仁氏)が開発した焚き火台「Fire Base」です。同社はSNSを通じて精力的にプロモーションを行い、クラウドファンディングでは目標金額の20倍以上を集めました。「第91回 東京インターナショナル・ギフト・ショー」では、すべての出展商品の中から最高賞にあたる「グランプリ」に選ばれ、流通・小売りの販路開拓にも道筋をつけつつあります。

アウトドア用品は今後、従来のインテリア雑貨と同じように、参入しやすい分だけ差別化が難しくなっていくことが予想されます。そのことも踏まえ、自社商品を展開している中小板金企業が一様に口にしているのは「一過性のブームで終わらせず、ブランドとして育てていくことの難しさ」です。
2020年以降は、「スモールスタート」から本物の「ブランド」へと育てるノウハウが求められていくことになりそうです。

参考記事

記事:マシニスト出版