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モノづくり企業の挑戦

板金業界

「事業承継」の強い味方

中小製造業の後継者問題

経営者の高齢化にともない、事業承継の問題に直面する中小製造業が増加しています。

経営者が後継者に求める「自社の事業に関する専門知識」、「自社の事業に関する実務経験」、「経営に対する意欲・覚悟」、「社内・社外でのコミュニケーション能力(信頼・人脈・統率力など)」を短期間で備えるのはきわめて困難です。そのため多くの経営者は、「子」をはじめとする後継者(候補)に対して、数年から十数年にわたり実務の経験を積ませながら社内・社外に馴染ませ、頃合いを見て事業を引き継ぐことを考えます。

こうした長期的なステップを踏むことは、M&Aなどによる「第三者承継」では実現が難しく、今も「親族内承継」が第一選択肢として考えられる理由にもなっています。

後継者がつまずく要因 — 「右腕」と「相談相手」の不在

東京商工リサーチのアンケート調査によると「後継者が事業を引き継いだ際に問題になること」として、「社内に右腕となる人材が不在」、「引き継ぎまでの準備期間が不足」、「役員・従業員からの支持や理解」、「取引先との関係維持」などとともに、「引き継ぎ後の相談相手がいない」が上位に挙がっています。

後継者が事業を引き継ぐ際に問題となったこと(中規模法人)
後継者が事業を引き継ぐ際に問題となったこと(中規模法人)

出所:東京商工リサーチ「企業経営の継続に関するアンケート調査」(2016年)

「経営者は孤独である」といわれますが、同じ目線で本音で語り合える「右腕」(社内の仲間)や「相談相手」(社外の仲間)の存在が、後継者にとっては大きな支えや刺激につながることがわかります。

板金業界に特化した「経営後継者育成講座(JMC)」

板金業界の事業後継者を育成する取り組みとして、職業訓練法人アマダスクールは「経営後継者育成講座(JMC)」を開催しています。1979年からスタートしたJMCは、40年以上にわたり1,000名余りの修了生を輩出しており、2代続けてJMCを受講するケースも増えています。

JMCは前期12日、後期10日、計22日間の合宿研修です。受講生たちは、経営手法やモノづくりの基礎知識、経営者としての心構えなどを学ぶだけでなく、後継者として立場を同じくする仲間と寝食をともにしながら交流を深めます。JMCを修了した後継者の評価はさまざまですが、「同じ境遇の仲間との交流がきわめて貴重な体験だった」という声はほぼ例外なく聞かれます。

事業承継に先立ちJMCを受講した3人の社長の評価・感想を紹介していきます。

JMCの研修風景

JMCの研修風景

入社直後に受講 — 経営者としての“導入”に

計量包装機器、医薬品製造装置の板金部品加工を手がける株式会社佐藤医科器械製作所(本社:京都府京都市)の佐藤進平社長は2012年、入社した翌月にJMCを受講しました。佐藤社長は前社長の次男にあたり、入社3年後の2015年に4代目社長に就任しています。

佐藤社長は「当時(2012年)は、6年間勤めた大手計測制御機器メーカーから転職し、板金業界のことも自社のこともよくわからないままJMCを受講しました。
短期集中なので広く浅くですが、経営に必要な知識とはどういうものかを学べたことは、板金工場の経営者になるための“導入”となり、その後のステップアップがスムーズになったと思います。
財務諸表を見ても抵抗感がなくなり、その後の経営者向けの勉強会に参加しても『あの話を掘り下げているんだな』という手がかりになりました」と振り返っています。

佐藤進平社長(2016年撮影)

佐藤進平社長(2016年撮影)

さらに、「JMCでは後期に自社の経営ビジョンをプレゼンするカリキュラムがあったのですが、当社が明治40年(1907年)に創業して以来の経緯や、自社の強み・弱みについて時間を取って父とじっくり話せたのも貴重な体験でした。同期の後継者同士で交流を持てたことも大きかったと思います。中には、企業規模でも、海外進出を果たしているという点でも、当社より大きく先進的な企業の後継者もいました。遠方なのでなかなか会えませんが、その方とはJMCを終えた後も交流があり、お互いの工場を見学したり、情報を交換したりと、利害がからまないところでリラックスしたお付き合いができています」と話す。

佐藤社長はJMCを終えて入社したときから、「モノづくりの職人になるつもりはない」「技術的なことはプロである社員のみなさんに考えてほしい」というスタンスに徹し、マネジメントや営業の強化に取り組んできました。人材育成にも力を注ぎ、工場板金技能士の特級・1級・2級の合格者を輩出するとともに、アマダスクールが主催する「優秀板金製品技能フェア」で経済産業大臣賞を2度受賞するなど、めざましい活躍を続けています。

愚痴から感謝へ — 自分を客観視できるように

板金加工を主軸とした機械組立メーカー株式会社共進(福島県いわき市)の伊藤潤一社長は2004年、入社2カ月後にJMCを受講しました。

伊藤社長は前職でカーボンの素材メーカーに勤めていましたが、前社長の三女と結婚し、長女が生まれるタイミングで義父の事業を引き継ぐことを決意。JMCでは「ほかの受講生はもともと家業の継承者という立場だったこともあり、私にとっては教えられることばかりでした」と振り返っています。

「打ち解けてくるとみんな、社長(父親)や会社、社員に対する愚痴をこぼし始めました。しかし、時間をかけてお互いに愚痴を吐き出していくと、今度はだんだん自分の立場を客観視できるようになっていきました」。

伊藤潤一社長(2016年撮影)

伊藤潤一社長(2016年撮影)

「そして最後の最後には、かたちはどうあれ今まで会社を存続させてきたことは社長と社員の揺るぎない実績で、そのことにまず感謝をしなければいけない — と考えるようになりました。この感謝の気持ちは、その場にいた全員が共有していたと思います」。

「JMCのカリキュラムの中では『マネジメントゲーム研修』(MG研修)が一番参考になりました。数字の意味を理解するといった単純なことではなく、経営者として現状を正確に把握し、次の一手を考え、状況を打開していくことの大切さと難しさを実感しました。このときの経験は私にとって非常に大きかったため、社長に就任した後、一部の幹部社員にもMG研修を受けてもらっています」。

伊藤社長はJMCから戻った後、レーザ加工、曲げ加工を経験し、3次元CADと生産管理システムの導入・立ち上げに携わりました。中でも3次元CAD(SheetWorks)による生産着手前の製造性検証は、装置一式で受注するアセンブリーメーカーの同社にとって、強みをさらに強くすることにつながっています。

入社5年後の2009年には、若干32歳で社長に就任。リーマンショックの影響で業績が落ち込み、キャッシュフローも悪化する中、JMCで知り合った同期の仲間には何度となく相談に乗ってもらったといいます。

「JMCや勉強会では教えてくれないこと — 社長になってから直面する具体的な困りごとは同期の仲間に相談しました。工場見学にも行き、ときには単価の話もして、仲間との関わりの中から『当社は量産品の単価にはとても対応できない』『一品一様で装置を1台ずつ組み立てていくことが当社の強み』とあらためて気づかされました」。

社長就任直前に受講 — 社長になるための心構えや覚悟につながる

JMCは、入社直後や後継者(候補)として決まった後などに「事業承継の導入」として受講するケースが多いのですが、社長就任の直前に「事業承継の仕上げ」として受講する例もあります。

工作機械カバーなどを手がける有限会社吉見鈑金製作所(長野県上田市)の吉見昌高社長は、社長就任直前の2012年、39歳でJMCを受講しました。入社してから現場作業者として10年、生産管理・工程管理の責任者として6年と、十分なキャリアがあったにもかかわらず、みずからJMC受講を希望した格好です。
それまで経営に関わる部分にはほとんど携わってこなかったので、JMCでは経営に関わる財務・労務管理の不明点や、経営者としての考え方を学びたいと考えました。また、この業界で働く同じ境遇の仲間と出会い、みなさんの考え方や思いを聞くことで、自分の会社を客観的に見てみたいという思いもありました」。

吉見昌高社長(2017年撮影)

吉見昌高社長(2017年撮影)

「JMCの期間中は、宿泊先の談話室で毎晩お酒を飲み交わしながら同期の仲間と語り合いました。経営者同士の集まりに参加しても、ビジネス上の交流だと、どうしても一歩引いてしまう。しかしJMCの同期生とは、プライベートなことや将来の夢まで含めて、開けっぴろげになれました。だからこそ、今でも交流が続いているのだと思います」。

「間もなく社長に就任するというプレッシャーを感じながらJMCを受講していると、あらためて創業者である会長のパワーの大きさを実感し、苦労しながら会社や私をここまで育ててくれた両親への感謝の念が自然と沸き起こってきました。今思えば、こういう刺激のひとつひとつが、社長になるための心構えや覚悟につながっていったのだと思います」。

JMCを受講して約半年後、2012年12月に吉見社長は2代目社長に就任。それからの4年間で、得意先社数は60社から120社に倍増。新規得意先は、自社サイトやジョブマッチングサイトによるWebマーケティングや、公共展・商談会などを通じて開拓しました。そのときの訴求ポイントやプレゼンテーションの手法は、JMCで学んだことが役立ったといいます。

「以前(専務時代)から新規のお客さまを積極的に開拓していかなければ、という危機感を持っていました。しかし、自社の強みや、どういう風にPRしたら良いのかは、よくわかっていませんでした。JMCで実践的なプレゼンを学んだことで、的を射たプレゼンができるようになっていったと思います」。

「私の原点」と言ってもらえるように

JMCの運営を担当するアマダスクールの伊藤秀俊さんは「合宿研修の間、受講生の顔つきがみるみる変わっていく様子を目の当たりにします。講義内容はもちろんですが、仲間との交流が大きな刺激になっているようです。修了後は、同期の仲間にとどまらず、全国で期を超えた交流が活発に行われ、その後の飛躍の一助となっています。これからも、受講された方々から『JMCが私の原点』と振り返っていただけるような講座を心がけていきたいと思います」とコメントしている。

同じ目線で本音で語り合えること

JMCが多くの方から「貴重な体験」と評される要因は、遠すぎず近すぎない絶妙な距離感で仲間との関係を構築できる点が最も大きいといえます。

後継者を孤独にしない「仲間との交流」は、「同じ目線で本音で語り合えること」が重要になります。ここで紹介した3人の社長のコメントにも示唆されているとおり、親や大先輩、異業種の後継者とは「目線」がすれ違いがちになり、利害関係が生じる近隣の同業者には「本音」をさらけ出すのが難しいという声がよく聞かれます。

これから事業を引き継ぐ経営者にとっては、後継者の実務経験や取引先との関係構築などとともに、「仲間づくり」をサポートすることも大きな役割といえそうです。

(参考資料)
・平成30年度中小企業・小規模事業者の次世代への承継及び経営者の引退に関する調査に係る委託事業/みずほ情報総研
・親族外承継に取り組む中小企業の現状と課題/日本政策金融公庫総合研究所(2018年6月)

記事:マシニスト出版