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モノづくり企業の挑戦

板金業界

モノづくり業界で活躍する女性社長

女性社長比率はゆるやかに上昇、2021年度は過去最高を達成

近年は働き方改革により、これまで以上に女性が活躍する場が広がり、板金業界でも女性社長の活躍が見られるようになってきました。

帝国データバンクが2021年7月に発表した「全国女性社長分析調査」によると、4月末時点の全国の女性社長の比率は過去最高の8.1%となりました。

その他、就任経緯別でみると、「同族承継」による就任が50.8%と全体の半数を占めトップとなっています。これは男性社長(39.5%)を11.3ポイント上まわるほか、前年(50.6%)からも0.2ポイント増加しています。

女性社長比率 遷移(1990-2021年) 女性社長比率 遷移

※出典:(株)帝国データバンク
「全国『女性社長』分析調査」(2021年)

女性社長にとってのハードルとアドバンテージ

板金業界における女性社長はほとんどがこの「同族承継」で、女性起業家はほぼ見られないのが現状です。社長就任前に家業に携わったことがあったとしても、総務・経理などの管理業務が中心で、製造現場での実務経験はないのが一般的です。

女性社長が増えているといっても中小製造業ではまだまだ珍しい存在であり、「社内外で受け入れられること」「確固たるポジションを築くこと」が大きなハードルになります。こうしたことが女性社長に特有の悩みを生み出しているというのが実情でしょう。

その一方で、女性ならではの感性や嗜好によって、男性経営者とは一線を画した取り組みを行い、事業を発展させているケースも次々と生まれています。
女性社長自身がダイバーシティの旗手となって、多様な人材が働きやすい労働環境づくりや人事評価制度の見直しなどに取り組んでいるケース。モノづくりのスキル・経験を持たないことを逆手にとり、社員の意見に耳を傾けながらみずからが潤滑剤となることで、風通しが良く上昇志向の強い企業体につくり変えるケース。率先垂範で会社を引っ張っていく従来型の経営スタイルではなく、多様な人材が活躍できる環境をつくり、盛り立てていく現代的な経営スタイルでは、女性が持つ細やかな気配りやコミュニケーション能力が大きな力になっています。

ここからは、板金加工業界で活躍している3人の女性社長をご紹介します。

「女性の視点」を生かした自社製品を製造

工作機械カバーや医療機器部品のほか、自社ブランド「三代目板金屋」としてアクセサリーやインテリア雑貨も製作している(株)山崎製作所(静岡県静岡市)の山崎かおり社長は、リーマンショック直後の2009年に2代目社長に就任しました。山崎社長が就任した当時の同社は、「経営者不在」「売上の大幅減」「保有設備の老朽化」などの課題が山積している状態でした。

山崎社長は会社を再生するため、新規得意先の開拓やモノづくりのデジタル化などに取り組む一方、社員との対話を通して社員とともに経営理念を作成し、会社基盤をつくり変えていきました。自社ブランドの立ち上げも「景気に左右される企業体質からの脱却」という社員の声がヒントになったといいます。

(株)山崎製作所 山崎かおり社長

(株)山崎製作所 山崎かおり社長

自社ブランド「三代目板金屋」の事業は、山崎社長の長女である山崎瑠璃営業部長がもうひとりの女性社員とともに始めました。そのときポイントになったのは「女性」ならではの視点です。

板金加工の世界ではこれまで「男性」の視点で製品開発が進められてきました。しかし、「金属特有の光沢や質感を魅力に感じる女性は多い」「デザイン性の高いモダンな製品に仕上げれば需要はあるはず」との考えから、「女性視点で板金加工品を生み出そう」という結論に至ったといいます。

自社ブランド商品は、山崎社長や山崎部長を含む5名の女性社員がチームとなって、企画から開発・デザイン・販売まで担当しています。

開発した商品を展示会に出展し、買い付けてもらうかたちで販路を開拓。現在では自社のECサイトでの直販のほか、有名デパートやセレクトショップ、高級家具のECサイトでも販売されています。

女性5人のプロジェクトチーム

女性5人のプロジェクトチーム

特に主力製品である「KANZASHI」は幾度となくメディアに取り上げられ、一時は同社の売上の50%以上を占めるまでになりました。

こうしたブランディングは、新規得意先の獲得や社員のモチベーション向上、人材確保の面でも採用する人材に困らないといった副次的効果も生んでいます。山崎社長と山崎部長をはじめとする女性ならではの視点があったからこその成功事例だといえます。

主力製品「KANZASHI」

主力製品「KANZASHI」

課題解決には「若者、馬鹿者、よそ者」の視点が重要

金融端末機の機構部品、医療器具関連の筐体などを手がける海内工業(株)(神奈川県横浜市)の海内美和社長は、リーマンショックで受注が大幅に減少した会社を立て直すため、勤めていた投資運用会社を退職し、2008年に海内工業に入社。2014年に、先代の社長が脳梗塞を患い、当時31歳にて、急遽の社長交代となりました。
それ以来、「脱・待ち工場」を目指し、Webマーケティングをはじめとする斬新なアイデアを次々と採り入れて、新規得意先を開拓してきました。

海内社長は「入社当時、私は会社にとって『よそ者』でした」と振り返っています。
事業不振で経営危機に陥っていた同社は閉塞感に包まれ、社員のモチベーションも低く、不良も多く発生していました。その中でひとり気を吐く海内社長は、社員から「エイリアン」などと言われ、得意先の担当者からもきびしいことを言われたといいます。

海内工業(株) 海内美和社長

海内工業(株) 海内美和社長

「完全に出鼻をくじかれましたが、閉塞感に満たされた状況を突破するためには『若者、馬鹿者、よそ者』の視点こそが大事。『よそ者』の視点を逆手にとって生かそうと考えました」と海内社長は語っています。

「私は、将来ありたい姿を実現するために『感じて、考えて、行動する』という3つのステップを常に大事にしています。『何をしたいか』『ありたい姿は何か』という思いはモチベーションになり、困難に直面したときの突破力にもなります。そういう思いを持ち続けるためにも、まずは『感じる』ことを忘れないようにしています」(海内社長)。

海内社長は「ありたい姿」をもとに、会社改革のための0~4番の経営戦略を『考えて』いきました。会社のDNAとなる0番は自社の強みを深掘りし、経営理念を明確化。そして1番目に「市場や経済動向といった外部環境」、2番目に「自社の強み・弱みといった内部環境」を調べ、3番目に「提供すべきもの、目指すものは何か」を定め、4番目に「新しい目的地へ向かう手段、必要なものは何か」を考えていきました。

そして、通常のコーポレートサイトのほかに精密板金の技術を解説する「BANKIN GUIDE」や、ロボット分野の開発者・技術者を対象とした「ロボット板金.com」を立ち上げ、各種展示会に出展。FacebookやTwitterなどのSNSやWebメディアを通じて自社の強みを発信しました。また、富士ゼロックス(現富士フイルムビジネスイノベーション)の「四次元ポケットプロジェクト」など数多くのプログラムへの参加を通して、自社の強みである精度の高い精密板金加工技術をPRするとともに、同社の「らしさ」を統一していきました。

「BANKIN GUIDE」

「BANKIN GUIDE」

「たとえ『よそ者』でも、“味方”を1人ずつ増やし、同志とともに『行動』することが大切です。よそ者だった私に『最初のフォロワー』がついてくれてから、会社が変わり始め、フォロワーが少しずつ増え、今につながっています。

皆さんの周りに、メインストリームから外れているが本質に向かっていると思う人がいれば、たとえ一緒に行動できなくても『わかるよ』『がんばれ』と声をかけてほしい。応援することもひとつの行動で、大切な一歩だと思います」と海内社長は語っています。

「ロボット板金.com」

「ロボット板金.com」

「日本で一番信頼される板金加工会社」を目指して

盤筐体や厨房機器、工作機械カバーなどを手がける(株)竹中製作所(大阪府松原市)の山口美佐子社長は、2021年2月に2代目社長に就任したばかりです。

山口社長は19歳のときに同社に入社し、10年ほど経理事務として働いてから退社。それ以来、20年ほど板金加工とは無縁の生活を送ってきました。しかし、2020年12月に創業社長として第一線で活躍してきた父親が突然の病に襲われ、社長就任の話が持ち上がりました。山口社長は当時、夫とともに飲食店を経営していましたが、「父の会社の社員とその家族、お客さまを守るためには自分が引き継ぐしかない」と事業承継を決意しました。

「突然の社長就任でしたが、父は私が迷わないよう、きちんとしたレールを敷いていてくれました。私が前だけを見て進んでいけるような体制が、すでにできあがっていました」と山口社長は振り返ります。

(株)竹中製作所 山口美佐子社長

(株)竹中製作所 山口美佐子社長

先代は、あらかじめ資産整理を進め、生前贈与として子どもたちに持ち株を分割していたため、相続にともなう混乱はありませんでした。加工設備は、すべてのブランク加工設備がライン仕様で、長時間運転に対応できるようになっており、生産管理もクラウド対応のシステムに入れ替え、タブレット端末を導入し、急な設計変更や納期変更にも柔軟に対応できる仕組みができ上がってしていました。さらに、それらの設備を使いこなす経験豊富で高度な技術を備えた「人財」も育っていました」

「最近の業界の動向や加工技術もわからない私を信頼し、これまでどおりに仕事を続けてくれる社員の皆さんの支えがあるからこそ、今の私があるのだと思います」「また、友人や諸先輩からもたくさんのアドバイスをいただきました。社長を引き受ける際には主人が『心強い味方に』と、大阪で十数店舗を経営している方を紹介してくれました。その方には、当社のホームページや会社案内を制作するときに知恵をお借りし、BS(貸借対照表)やPL(損益計算書)の見方も教えていただきました」と、山口社長は社員や友人への感謝の気持ちを繰り返し述べていました。

人と人との縁と絆を大切にする山口社長は、社長就任にあたり「日本で一番信頼される板金加工会社を目指していく」という経営方針を掲げました。

社員の皆さんと山口社長のご夫君(前列左)

社員の皆さんと山口社長のご夫君(前列左)

今後の展望については「5カ年計画で売上をもっと伸ばしていきたいと考えています。ENSIS-AJを導入してからは、薄板だけでなく中・厚板の仕事も増えています。組立にも対応したいところですが、本格的な組立を行うには工場スペースや社員の人数が足りません。また、今は拠点が2カ所に分かれていますが、いずれは工場の統合を考える必要も出てくるかもしれません」と語っています。

溶接後の厨房機器製品

溶接後の厨房機器製品

女性社長や女性の事業承継者を支援する活動が活発化

ここに挙げた3つの事例に共通する点として、①もともと社長就任を想定していなかったこと、②やむを得ない理由があったこと、③板金加工の知識をほとんど持ち合わせていない状態で就任を決断したこと—が挙げられます。これらの困難を抱えた状態で、会社の危機的な状況の会社を回復させなければならない。会社や従業員、その家族の生活に関わる決断をしていかねばならない重圧感はいかほどでしょうか。

近年は、そうした特有の悩みを持つ女性社長を支援する団体や活動も活発化しています。

製造業の女性社長について語るうえで外せないのが、海内社長も参加している「モノづくりなでしこ」です。モノづくりなでしこは2012年、経済産業省 製造産業局素形材産業室室長補佐をされていた伊奈友子氏が中心となり、製造業の女性経営者の横のネットワークをつくるために発足しました。家庭と仕事を両立する手助けとなるようなセミナーや勉強会を開催し、女性経営者としての視点を通じた政策提言も試みています。2021年4月には一般社団法人として法人化、今後さらに積極的な取り組みが行われるであろうことが期待できます。

このほか、山崎社長が代表を務める「静岡県女性経営者団体A・NE・GO」などの地域発祥の団体や、「女性社長のココトモひろば」「女性の事業承継支援を行う跡取り娘ドットコム」などの事業承継した女性社長のためのサイト、女子大学による「次世代リーダー育成スクール」など、様々な取り組みが行われています。

これから事業承継を控える企業はまだまだ多く、板金業界でも女性社長の後継者が増えていくのは間違いありません。行政や取引先の理解と支援、そして先輩女性社長の助言や女性社長同士の支え合いによって、新たな女性社長の誕生とさらなる活躍が期待されます。

記事:マシニスト出版