板金加工業界
「クラウドファンディング」で
自社製品開発にチャレンジ
クラウドファンディング市場は約3倍に拡大
コロナ禍にあえいだ2020年、国内のクラウドファンディング市場は劇的な成長を遂げました。クラウドファンディング事業者の広告効果や、コロナ禍で苦しむ飲食店やイベント施設、医療機関・医療従事者などへのクラウドファンディングを通じた支援が話題になったことで、中小製造業の間でも広く認知されるようになりました。
クラウドファンディングとは、インターネットを通じて不特定多数の個人(支援者・投資家)から資金を集める手法のことで、「寄付型」、「購入型」、「金融型」(融資型・株式型・投資型)に大別されます。市場規模が大きいのは「金融型」ですが、中小製造業が自社製品などを展開する手段として注目されているのは「購入型」になります。
2020年の「購入型」のクラウドファンディング市場は前年比で約3倍に拡大しました。
2020年を境にクラウドファンディングが広く浸透し、BtoCの一大マーケットと呼べるだけの影響力を獲得したことは極めて重要です。クラウドファンディングは今後も、新たな事業・製品・サービスの展開を検討している中小製造業にとって有力な選択肢として定着するとみられます。
出典:日本クラウドファンディング協会
「購入型」のクラウドファンディングの代表的な事業者は「CAMPFIRE」、「Makuake」、「READYFOR」の3者で、中小製造業がプロジェクトを掲載する場合「CAMPFIRE」または「Makuake」を選ぶケースが大半です。
これらのサイトで「板金」「溶接」「町工場」などのキーワードで検索すると、これまでに中小製造業や板金企業が起案したプロジェクトを見つけることができます。
出典:三菱UFJリサーチ&コンサルティング
クラウドファンディング(購入型)の動向整理
クラウドファンディングの魅力
中小製造業にとってクラウドファンディングの魅力は、ノウハウやリソースを持たない企業でも、エンドユーザーに対して「マーケティング」(市場調査)と「プロモーション」(広告宣伝)を同時に行えることです。
※三菱UFJリサーチ&コンサルティング
「クラウドファンディング(購入型)の動向整理」(2020年9月30日発表)
などをもとにマシニスト出版作成
「マーケティング」(市場調査)は商品企画を行う上でベースとなる重要な活動の一つです。
社内で、あるいは志を同じくする仲間との間で「これはいける!」と盛り上がった製品・サービスも、いざ世に出してみると見向きもされないケースが少なくありません。BtoBであれば、特定顧客の具体的なニーズに対して製品・サービスを提案することもできますが、不特定多数を対象とするBtoCのマーケットではその難易度が跳ね上がります。大手メーカーが多くの資金と人員を投入し、入念なマーケティングを行っても「当たりはずれ」がある中、ノウハウもリソースも足りない中小製造業がヒット商品を生み出すのは容易ではありません。
「プロモーション」(広告宣伝)は、商品の存在・価値・魅力を知ってもらい、「買いたい」と思ってもらうことです。ブログやSNS、動画サイトを使った情報発信が手軽かつ安価に行えるようになったとはいえ、それが潜在顧客の目に届くとは限りません。それが中小製造業が展開するようなニッチな製品・サービスであればなおさらです。
クラウドファンディングでは、「起案者」が製品開発の段階でプロジェクトページを公開すると、「支援者」からさまざまなフィードバックを得ることができます。30~60日という短い募集期間でマーケットニーズを把握し、製品開発に反映することができます。
「支援者」の反応が悪く、事業性が認められなければ、貴重な資金や工数を浪費する前にプロジェクトの中止や路線変動ができ、リスクの少ない製品開発が行えます。
また、クラウドファンディング事業者は、プロジェクトの成否や集めた資金が収益に直結するため、プロモーション活動をさかんに行います。「支援者」の多くはSNSやブログを通じてプロジェクトを知るため、「起案者」もSNSやブログで情報発信を行うことでプロモーションの経路を増やすことができます。製品開発の段階でプロモーションを行うため、製品をリリースするときには顧客(支援者)を確保できていることも大きなメリットです。
ただし、クラウドファンディングを実施する場合、それなりの「手数料」と「管理工数」が発生することも忘れてはいけません。
もちろん、自前でマーケティングとプロモーションを行うことを考えれば微々たるものではありますが、それでも中小製造業にとっては負担になります。この点はプロジェクトを始める前にクラウドファンディング事業者によく確認する必要があるでしょう。
ここからは、クラウドファンディングを活用して製品開発などのプロジェクトに成功した企業を紹介します。
クラウドファンディングは中小製造業
に適した「公開型製品開発」
国内の中小製造業がクラウドファンディングを活用して自社製品を開発した最初の事例は、「iPhoneヌンチャクケース」として知られる(株)ニットー(神奈川県横浜市、藤澤秀行社長)の「iPhone Trick Cover」でした。
これはもともと、モノづくりの情報サイトMONOistのエイプリルフール企画「おばかモノづくり祭」に応募するために藤澤社長が製作した製品で、反響が大きかったため、2012年にクラウドファンディングサイト「CAMPFIRE」を利用して商品化を目指しました。
掲載期間を終えた2012年8月当時、「iPhone Trick Cover」はCAMPFIREのプロダクト部門で、支援額・支援者数・達成率で1位を達成。多くのPC・ネットワーク系の雑誌で取り上げられ、新聞では「脱下請けの新たな手法」「新しい資金調達の仕組み」といった切り口で紹介されました。
藤澤社長は、クラウドファンディングを利用した開発手法を「公開型製品開発」と呼び、そのメリットを次のように語っています。
「自社製品を開発するときに最も注意しなくてはならないのは、独りよがりにならないことです。今までの製品開発では、アイデアが生まれたら真似をされないようにひた隠しにしていました。しかし、このようなクローズドな環境でマーケティングを行うことは、中小企業にとってきわめて困難ですから、市場のニーズを把握しないまま、経営者の独りよがりな思い込みで製品開発を進めてしまうことが多かったと思います」。
藤澤秀行社長
「クラウドファンディングなどの『公開型製品開発』では、アイデア・設計・試作開発・資金調達など、すべてをWebで公開します。Webを通じて世界中からニーズが情報として入ってくるため、短期間でお客さまのニーズにマッチした製品開発ができ、同時にプロモーションもできます。口コミが拡散し、リリースの段階ではお店の前に人が並んでいる状態になります」。
藤澤社長はその後、クラウドファンディングではないものの、開発試作の段階からWeb上で情報を開示する「公開型製品開発」の手法を活用し、医療現場向けウェアラブルチェア「アルケリス」を開発。2020年2月には新会社「アルケリス(株)」を設立し、「工場現場向け」を新たにラインアップに加え、事業を拡大しています。
iPhoneケース「iPhone Trick Cover」
クラウドファンディングをきっかけに
独自ブランドを展開
電子機器、通信機器、音響機器、半導体関連機器などの精密板金部品を手がける(株)アイザワ(愛知県岡崎市、相澤和志社長)は、クラウドファンディングを利用してコンパクトコンロ「can+ro」(キャンロ)を製品化。
それを機に、独自の生活雑貨ブランド「PLUS MANIA」まで立ち上げました。
相澤社長は「can+ro」開発の経緯について、「自宅のベランダで晩酌をしていた時、つまみの焼き鳥の缶詰が冷えてきたので、ガラスホルダーに入ったキャンドルで温めてみました。しかし、ガラスホルダーでは安定しなかったので、自分でコンロをつくってしまおうと思い立ちました。
『can+ro』のラフスケッチを描いて社員に見せ、試作品をつくってもらいました。安定しているだけでなく、カップ1杯程度の水なら沸騰するほどの火力があり、『これは使える』と手応えを感じました」と語っています。
2019年末には「can+ro」の商品化プロジェクトをクラウドファンディングサイト「Makuake」に掲載。支援者354人から目標額の5倍以上となる165万円超の資金を調達し、2020年2月に商品化を果たしました。
相澤和志社長
さらに、2020年3月には持ち運びができる暖炉「DAN+RO」(ダンロ)をMakuakeに掲載し、支援者121人から約470万円を調達しました。
それと並行して独自の生活雑貨ブランド「PLUS MANIA」を立ち上げ、アルコールストーブ・固形燃料専用の五徳「al+ro」(アルロ)、コンパクトな金属製火鉢「Hi+bachi」(ヒバチ)、ハンマーでたたいて製作したカトラリー「cutap」シリーズなどをラインアップに加え、装飾やカラーのバリエーションも充実させています。
「オンラインショップだけでなく、大手量販店・アウトドア・スポーツ用品の大手チェーン店の取り扱い商品にも加えていただき、今では月1000万円ほどを売り上げるまでに成長しました。さらに大口の商談も決まりそうで、売上構成比10%程度にまで届くのではないかと見ています」と相澤社長は語っています。
コンパクトコンロ「can+ro」
企業間連携で地域おこしプロジェクト
を実現
最後に、自社製品ではなく、クラウドファンディングを利用して地域活性化プロジェクトを立ち上げた事例を紹介します。
仮設・プレハブ関連の建築金物、空気清浄装置や大型ゴミ箱の板金部品を手がける熊倉シャーリング(有)(新潟県燕市、熊倉正人社長)は、同世代の若手経営者の仲間がクラウドファンディングを利用して地域活性化プロジェクトを立ち上げたことがきっかけとなり、新たな事業展開に結びつけています。
このプロジェクトは「無人駅を活用して燕三条地域の産業発信地と交流拠点にしたい」というもので、企画したのは、熊倉社長も入会している燕三条青年会議所「つばさん」のメンバー、(有)ストカの斎藤和也専務でした。2019年にJR東日本がCAMPFIREとともに「地域にチカラを!プロジェクト」と題して、「地域商品開発」「無人駅の活用」の2つのテーマで新規事業案を募集し、斎藤専務が応募したかたちです。そして、期限内に目標としていた250万円を上まわる330万円の資金を調達することに成功しました。
その後はJR東日本の支援を受け、無人駅であるJR信越本線・帯織駅の駅舎の一部を活用して、その隣接地にモノづくり支援施設「EkiLab帯織」を開設する計画がスタートしました。
熊倉正人社長
熊倉社長を含む「つばさん」の9人のメンバーは、「EkiLab帯織」の運営と、モノづくりをサポートするために(株)ドッツアンドラインズを設立。燕三条地域のモノづくり企業が協力し、東京在住のプロダクトデザイナーも巻き込むことで、モノづくりスタートアップやクリエイターを支援する活動をスタートしました。
熊倉社長は「BtoBの企業はBtoCの企業に比べて、表立って得意とする技術などをアピールするのが難しい。ドッツアンドラインズが、燕三条地域の強みと魅力を発信する機能を果たせば、地域のモノづくり振興に貢献できると考えました」。
「『EkiLab帯織』は2020年10月にオープンしました。利用者の方々が、燕三条地域の工場で加工設備を使わせてもらったり、職人さんに仕事をお願いしたりするときの窓口としても活用していきたい。これが地域おこしのモデル事例となり、全国に『EkiLab』の取り組みが広がっていってほしいと思います」と語っています。
モノづくり支援施設「EkiLab帯織」
最低限のリスクとコストでチャレンジできる
クラウドファンディングは、最低限のリスクとコストでオリジナルのアイデアをマーケットに問いかけることができます。また、クラウドファンディングの「支援者」は20代・30代が最も多く、デジタルネイティブ世代の成長にともなって市場はますます拡大していくと見込まれます。将来を見据え、事業の多角化や事業モデルの変革を目指す中小製造業にとっては、チャレンジする価値のあるサービスといえるでしょう。
記事:マシニスト出版