板金加工業界
カーボンニュートラルに挑む
中小製造業
「サプライチェーン排出量」の削減が求められる
脱炭素社会の実現に向けて「サプライチェーン排出量」の削減(サプライチェーン全体での温室効果ガス排出量の削減)が求められる中、中小製造業の間でも脱炭素化への対応を模索する動きが活発になっています。
この動きは、脱炭素社会の実現へ向けた社会的機運が高まっていることに加え、大企業(グローバル企業)による「ESG金融」と「LCA規制」への対応が、サプライヤーである中小製造業にも強く作用している格好です。
「ESG金融」とは、「環境」「社会」「企業統治」といった非財務情報を評価して投融資を行う金融形態のことで、気候変動に配慮した取り組みが企業評価に反映されます。環境省によると、日本のESG市場は2016年から2020年までの4年間で5.8倍の2.9兆ドルまで増え、日本国内の全運用額の約24%を占めるまでになりました。
それに呼応するかたちで、気候変動対策の経営戦略などを開示する「TCFD」、排出削減の目標を設定・実行する「SBT」、事業活動に必要な電力を100%再生可能エネルギー(再エネ)でまかなうことを目指す「RE100」といった国際的な枠組みが広がっています。このうち、「TCFD」と「SBT」では、「サプライチェーン排出量の削減」に関する情報開示と目標設定を強く求めています。
なお、この4月に東京証券取引所が新設した最上位の「プライム市場」上場企業は、TCFDと同等の枠組みに基づいた気候変動関連の情報公開が求められ、サプライチェーン排出量の開示が推奨されています。
サプライチェーン排出量とは
事業者自らの排出だけでなく、事業活動に関係するあらゆる排出を合計した温室効果ガスの排出量を指す。
つまり、原材料調達・製造・物流・販売・廃棄など、一連の流れ全体から発生する温室効果ガス排出量のことで
サプライチェーン排出量=Scope1排出量+Scope2排出量+Scope3排出量 となる。
Scope1 : 事業者自らによる温室効果ガスの直接排出(燃料の燃焼、工業プロセス)
Scope2 : 他社から供給された電気、熱・蒸気の使用に伴う間接排出
Scope3 : Scope1、Scope2以外の間接排出(事業者の活動に関連する他社の排出)
※出典:グリーン・バリューチェーンプラットフォーム/環境省
「LCA」(ライフサイクルアセスメント)は、原料採取から製造、使用、廃棄までの総合的な環境負荷を評価する手法のことで、特に欧州の自動車産業でLCAに基づく規制強化の動きが活発になっています。LCA規制や「カーボンプライシング」(炭素税・排出権取引制度)が強化されれば、サプライチェーン排出量が最終製品の販売可否や価格競争力に直結することになります。
こうした背景から、多くの大企業(グローバル企業)が、サプライヤーである中小製造業を巻き込んで排出削減に取り組む動きを加速させています。すでに、サプライヤーに対して排出量の開示や排出削減のプラン検討を求める企業も現れています。
「グリーン調達」への協力要請が増加
板金業界でも、得意先の大手メーカーから「グリーン調達」(脱炭素化・環境負荷低減)への協力を要請されるケースが目立ち始めています。
昨年11月に「Sheetmetal ましん&そふと」編集部が行ったアンケート調査では、「グリーン調達(脱炭素化・環境負荷低減)への協力要請について」という設問で、「すでに要請されている」が18.9%、「要請の予告を受けている」が6.1%、「要請される可能性が高い」が22.0%となりました。合わせて47.0%の板金企業が、グリーン調達への対応を迫られているか、今後迫られると見込んでいることになります。
出典:「Sheetmetalましん&そふと」2022年1月号/マシニスト出版
中小企業が脱炭素経営に
取り組むメリット
脱炭素化の取り組みについては、従来取引を維持するための「消極的な“守り”の施策」と位置づける中小企業がまだまだ多い一方、他社との差別化や新たなビジネスチャンスの獲得、コスト削減、企業価値向上、人材確保などに貢献する「積極的な“攻め”の施策」と位置づける企業も少しずつ出てきています。
中小企業が脱炭素経営に取り組むメリットとしては、次のようなものが挙げられます。
- 得意先からの脱炭素化の要請に即応できる体制をつくることで、売上・受注機会の維持・拡大につながる。
- 省エネ強化・再エネ導入により光熱費・燃料費を削減し、利益拡大につながる。
- いち早く脱炭素経営に取り組むことで、知名度向上や企業イメージ向上につながる。
- 気候変動問題に敏感な人の共感・信頼を得て、人材獲得やモチベーション向上につながる。
- 脱炭素化への取り組みを評価基準として重視する金融機関で、低金利融資や特別な融資メニューを活用できる。
※環境省の資料をもとにマシニスト出版が作成
CO2排出量の“見える化”ツール
中小製造業が脱炭素化に取り組む場合、「①自社のCO2排出量の“見える化”」「②省エネ強化によるCO2排出量削減」「③再エネ導入によるCO2排出量削減」という3つのステップで進めていくのがセオリーです。
①の「CO2排出量の“見える化”」については、まずは日本商工会議所の「CO2チェックシート」を活用するのが妥当でしょう。このチェックシートは、電力・ガス・ガソリンなどの月々の使用料(量)を記録するだけで、エネルギー使用量の月別推移や平均使用料をグラフ化し、エネルギー使用量やCO2排出量の“見える化”ができます。省エネに取り組んだ効果もひと目でわかり、無料でありながら汎用性が高いツールです。
中小製造業の場合、自主的に取り組む場合は日本商工会議所の「CO2チェックシート」からスタートし、取り組みが本格化してきたら必要に応じて排出量算定ツールやEMSの導入などを検討して、得意先からの要請があればそれに準じる ― というのが基本的なスタンスになるでしょう。
「省エネ強化」「再エネ導入」の
支援メニュー
②の「省エネ強化」、③の「再エネ導入」については、「2050年カーボンニュートラル」「2030年度46%削減目標(2013年度比)」の実現へ向け、国や地方自治体がさまざまな支援メニューを用意しています。
代表的なものでは、経済産業省が令和4年度も「先進的省エネルギー投資促進支援事業費補助金」を実施します。これは「エネルギー使用合理化事業者支援事業」(エネ合)の後継事業で、「(C)指定設備導入事業」の場合、工作機械やプレス機械といった生産設備(更新のみ)も対象となります。
環境省は令和3年度補正予算で「グリーンリカバリーの実現に向けた中小企業等のCO2削減比例型設備導入支援事業」を実施します。主な補助対象設備は空調機・ボイラー・EMSなどで、中小企業であれば「年間CO2削減量×法定耐用年数×7,700円/トンCO2」または「総事業費の1/2」のいずれか低い額を補助し、補助上限額は5,000万円となっています。
令和4年度予算ではこのほかにも、再エネや蓄電池の導入を支援する「PPA活用等による地域の再エネ主力化・レジリエンス強化促進事業」(環境省・経済産業省連携事業/一部農林水産省連携事業)、建築物のZEH化・ZEB化を支援する「住宅・建築物需給一体型等省エネルギー投資促進事業」(経済産業省)、工場などの脱炭素化の計画策定・設備導入・導入効果などを面的にサポートする「工場・事業場における先導的な脱炭素化取組推進事業」(環境省)、中小企業に対して省エネ診断や再エネ提案を行う「中小企業等に対するエネルギー利用最適化推進事業」(経済産業省)などが実施される予定です。また、令和3年度税制改正で創設された「カーボンニュートラルに向けた投資促進税制」も令和5年度末まで適用できます。
これらは国の支援制度ですが、「地域脱炭素ロードマップ」(2021年6月決定)を受け、地方自治体も令和4年度予算で補助金などの支援制度を充実させています。補助金・優遇税制の利用を検討する場合は、併せてチェックする必要があるでしょう。
事例:
2030年カーボンニュートラルを
目標に掲げた板金企業
カーボンニュートラルに取り組む先進的な板金企業の事例として、日崎工業(株)(神奈川県川崎市、三瓶修社長)の取り組みを紹介します。2014年から省エネ・再エネ導入に取り組み始め、2020年10月には「RE100」の中小企業版である「再エネ100宣言 RE Action」への参加を表明。総勢26名という規模でありながら「2030年までのカーボンニュートラル達成」という意欲的な目標を掲げ、注目を集めています。
同社は各種サインを中心に、イベント造作物・建築金物・什器備品・モニュメントなど、高度な外観品質が求められる製品の設計・製作・施工をワンストップで手がける「メタルワーク集団」です。加工技術と溶接・研磨の仕上がり、建築CADと3次元CADを駆使した設計能力には定評があり、首都圏のサイン業界で強烈な存在感を示しています。
カーボンニュートラルに取り組むきっかけとなったのは、2011年に発生した東日本大震災と原発事故でした。三瓶社長の父親は福島県富岡町、母親は浪江町の出身で、いずれも事故が発生した福島第一原発が立地する大熊町・双葉町に隣接していました。父母の郷里がゴーストタウンと化していく様を見せつけられた三瓶社長は「普段何気なく使ってきた電力も、さまざまなリスクや問題をはらみながら生み出されていることを痛切に感じました。中小製造業でもカーボンニュートラルを実現できる ― そのモデルケースになりたいと考えました」と語っています。
三瓶修社長
2014年度には、工場内の水銀灯(54灯)をLED化。2015年度には工場の屋根に遮熱塗装を施し、職場環境を改善しつつ空調効率を高めました。
2017年度には、新電力事業者(PPS)に切り替えることで電気料金を低減し、デマンド監視システムを導入して電力需要をリアルタイムで“見える化”しました。
2019年3月には、電力消費量が大きかったCO2レーザ複合加工機APELIOをファイバーレーザ複合加工機LC-2515C1AJに更新。さらに、事務所を含む全社の照明をLED化し、社有車を一部、電動車(EV含む)に置き換えました。
2020年9月には、CO2レーザ加工機LC-αを平板・パイプ・形鋼兼用ファイバーレーザ加工機ENSIS-3015RIに更新。2021年3月には、工場屋根に太陽光発電パネル163枚を敷き詰め、自家消費型の太陽光発電システム(発電容量50kW)を導入しました。
自家消費型の太陽光発電パネル
こうした取り組みの結果、2020年度の「CO2排出量」は2014年度と比べ半分以下(52%削減)、「購入電力量」も半分以下(約53%削減)、「電気料金」は約60%削減できました。
※CO2排出量算出係数:電力使用量(kWh)X0.512kg、
ガソリン使用量(L)X2.32kg
三瓶社長は「事業者として最も気になるのは費用対効果だと思いますが、設備投資は回収の目処を立てながら行っています。LEDも太陽光発電パネルもファイバーレーザ加工機も、国や自治体の補助金を活用し、電気料金の削減効果も踏まえながら、無理のない範囲で導入しています」。
「2030年までにCO2排出量をゼロにするのは容易ではないでしょう。現時点では、太陽光発電システム(自己託送型)の増設、社有車の完全電動化などを計画していますが、設備投資だけでなく、社員一人ひとりの小さな工夫・改善の積み重ねも大事になってきます。非化石証書電力※ は、導入すればすぐに再エネ100%を実現できますが、単純なコストアップになるのと、自力での取り組みとは言えないので、最後の手段と考えています」と語っています。
※石油などの化石燃料を使っていない「非化石電源(電気を作る方法)」で発電された電気がもつ「非化石価値」を取り出し、売買する制度
「コスト」から「成長投資」へ
中小製造業にとってのカーボンニュートラル対応は、「事業を圧迫するコスト」という認識のままでは効果も限定的になってしまいます。投資効果を高めるためには、脱炭素経営の価値を認め、目標を定め、「永続的な発展のための成長投資」と位置づけられるかどうかが重要になります。その意味では、ほかの設備投資や人材投資と大きく変わるものではありません。
気候変動対策は世界共通の課題であり、今後、企業のカーボンニュートラル対応は当たり前のこととして求められるようになっていくと考えられます。そうした中で、国・自治体の支援制度が充実している今の状況は大きなチャンス。脱炭素経営へのチャレンジを検討する価値は十分にあると言えるでしょう。
記事:マシニスト出版