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モノづくり企業の挑戦

板金加工業界

「ここで働きたい」と思える組織づくり
~ 従業員エンゲージメント ~

「企業と従業員の関係の再構築」
が求められる

近年は、中小製造業の間でも、人事の観点から組織改革を行う動きが活発化しています。人手不足が深刻化する中、人材確保、ミスマッチの解消、モチベーションアップ、定着率の改善、労働生産性の向上、そして中長期的な事業存続のためにも、「企業と従業員の関係の再構築」が求められています。

組織改革に取り組むうえでキーワードになっているのが 「従業員エンゲージメント」(以下、エンゲージメント)です。
「エンゲージメント」は「婚約、誓約、約束、契約」を意味する言葉で、人事領域では「個人と組織の成長の方向性が連動し、互いに貢献し合える関係」といった意味で用いられます。

エンゲージメントを高めることは、「この企業で働きたい」「この事業に貢献したい」と思ってくれる人材、仕事に熱意を持ち、仕事を通じて継続的に価値を生み出してくれる人材を育てる取り組みといえます。

(株)HRビジョンの「日本の人事部 人事白書」によると、エンゲージメントを高めることによって「組織の活性化」「社員のモチベーションの向上」「業績の向上」「離職率の低下(定着率の向上)」といった効果が観測されています。また、その結果として企業ブランドを高めることにもつながり、採用戦略のうえでも有利に働くとされています。

エンゲージメントが高まったことで得られた効果 エンゲージメントが高まったことで得られた効果 エンゲージメントが高まったことで得られた効果

出典:(株)HRビジョン「日本の人事部 人事白書2019」

エンゲージメントの評価項目

米国の調査会社であるギャラップ社は全世界1000万人以上の被雇用者を対象に調査を行い、エンゲージメントの傾向を分析しています。ギャラップ社によると、日本は「エンゲージメントが高い社員(熱意あふれる社員)」の割合が極端に低く、調査結果が発表されるたびに大きく報じられます。

ギャラップ社が調査で用いている質問項目は「Q12」(キュー・トゥエルブ)と呼ばれ、エンゲージメントを評価するうえで最も著名な指標といえます。しかし、「Q12」は「自分が組織内で活躍できるか」を重視した質問項目が多く、謙虚・謙遜を美徳とする日本人の性格にはマッチしないとの指摘もあります。

エンゲージメントを測定する
ギャラップ社の質問項目(Q12)
エンゲージメントを測定するギャラップ社の質問項目(Q12) エンゲージメントを測定するギャラップ社の質問項目(Q12)

出典:ギャラップ社

野村総合研究所は、エンゲージメントの状態を測る指標として「企業推奨度」に注目し、さらに「企業推奨度」との相関性が高い7つの評価項目「HR7」をまとめました。

「企業推奨度」と相関性が高い
7つの評価項目(HR7)
「企業推奨度」と相関性が高い7つの評価項目(HR7) 「企業推奨度」と相関性が高い7つの評価項目(HR7)

出典:野村総合研究所
「デジタル時代の従業員エンゲージメントの高め方」

「企業推奨度」は「親しい知人や友人から、あなたの職場で働きたいと言われたとき、どの程度推奨するか?」を10段階で評価してもらうというものです。ギャラップ社の質問項目と比べると趣が異なりますが、実際に「企業推奨度」が高いほど、本人の仕事に対する「やりがい」が強く、「離職率」も低い傾向が見られます。それとは反対に、「企業推奨度」が低いほど「やりがい」を感じておらず、「離職率」が高い傾向があります。

「離職率」については、企業の業績(売上高)よりも「企業推奨度」の方が強い相関関係にあることも重要なポイントです。

多岐にわたる打ち手

一口に「エンゲージメント向上」といっても、具体的な方策は多岐にわたります。

理念づくり・ビジョンづくりから始まり、労働環境や福利厚生の整備、給与体系や人事評価制度の見直し、研修制度や教育制度の立ち上げ、指示系統や権限委譲の仕組みづくり、コミュニケーション活性化の仕掛けづくりなど、さまざまな打ち手があります。対外的な採用戦略まで考えると、同業他社との差別化も考えなくてはなりません。

これらは一度に実行しなければならないというわけではなく、実際の打ち手は、それぞれの企業が抱えている事情や課題によって変わってきます。

ここからは組織改革により従業員との関係を再構築し、結果的にエンゲージメントの向上を実現した事例を3件、紹介します。

「理念経営」で「働きがい
ナンバーワン企業」を目指す

髙橋金属(株)(滋賀県長浜市、髙橋康之社長)は、徹底した「理念経営」の実践によって「働き甲斐ナンバーワン企業」を目指しています。

同社は髙橋金属グループの中核企業で、従業員数325名(単体)の中堅企業です。プレス加工、金型設計・製作、板金加工、パイプ加工、完成品組立、環境機器をはじめとした自社商品の製造・販売を中心に事業を展開し、中国とタイにも製造拠点を持っています。

髙橋康之社長は2009年、3代目社長に就任するとき、全社員に対して無記名アンケート調査(モラールサーベイ)を実施しました。その結果は、一言でまとめると「意欲は前向きだが、会社と人の意識が乖離した不活発集団」という惨憺たるものでした。「チャンスがあれば辞めたい」「恥ずかしくて子どもに会社の話はできない」といった辛辣な回答もありました。

髙橋康之社長

髙橋康之社長

この状況を打開する打ち手として、髙橋社長は徹底した「理念経営」を実践していきます。2年を費やして経営理念を「私達の成長で世の中が良くなる会社に」と定め、その下に3項目を掲げました。また、経営理念を出発点として、3項目からなる「事業ミッション」を掲げ、役員向けの「役員五カ条」、一般社員向けの「心の6S」「私達の心得」という「3つの心得」を定め、さらに具体的な取り組みへと落とし込んでいきました。

髙橋金属のグループ経営理念

髙橋金属のグループ経営理念

経営理念の第一項目のキーワード「働き甲斐」は、「互尊互敬」と「自己実現」と定義し、さらに細かくかみ砕いていきました。実行部隊として「働き甲斐向上委員会」を設置し、「互尊互敬」「自己実現」につながるあらゆることを協議して、社員合意のもとで少しでも「働き甲斐」が高まるような取り組みを行っています。

「働き甲斐」をさらに細かくかみ砕いて取り組んでいく 「働き甲斐」をさらに細かくかみ砕いて取り組んでいく

「働き甲斐」をさらに細かくかみ砕いて取り組んでいく

髙橋社長は同社の取り組みについて、次のように語っています。

「以前は『顧客第一主義』を掲げていました。それを否定するわけではありませんが、順番が大事で、『自社繁栄』のために『顧客満足』を標榜し、その後に『社員満足』を謳っても社員はしらけてしまうだけでしょう」。

「働き甲斐向上委員会では福利厚生の充実だけでなく、チャレンジや社会貢献など、厳しいことも求めています。働きやすいことはゴールではありません。会社から与えられる目標だけではなく、自らが仕事を通じて達成感・充実感・自己成長による喜びを得られるような仕組みづくりが重要です」。

「人材育成の仕組み」を練り上げる

コンチネンタル(株)(富山県富山市、岡田俊哉社長)は、主に採用戦略として「人材育成の仕組み」を構築し、2019年から毎年3~4名の新卒者を採用、4年間で13名の新規採用という大きな成果を挙げました。

同社の従業員数は89名。工作機械、半導体製造装置、食品機械、搬送装置、真空関連などの幅広い分野で、一品一様の多品種少量生産を得意としています。

岡田俊哉社長は「どれだけ機械設備が進化しても、多品種少量のモノづくりに人間の力は欠かせません。だからこそ、当社は“人づくり”にこだわっています。しかし、これから毎年3名ずつのペースで新卒者を採用しても、自然退社との差し引きで、30年後は90名にしかなりません。誰一人途中で辞めないという無茶な想定でも、当社の規模は変わらない ― このことには強い危機感を持っています」と語っています。

同社は現在、最も重要な経営課題のひとつとして、人材採用に本格的に取り組んでいます。たとえば、新卒者を確保するため採用パンフレットや採用ページを作成し、学校を訪問し、就職説明会に参加するなど、手を尽くしています。特に注目すべきなのは、研修プログラムやマニュアルを整えて「人材育成の仕組み」を練り上げ、実践していることです。

岡田俊哉社長

岡田俊哉社長

コンチネンタル(株)の採用ページ

コンチネンタル(株)の採用ページ

立山工場に導入した「ENSIS-3015RI」

立山工場に導入した「ENSIS-3015RI」

同社の新入社員には1年間の研修期間が設けられています。入社直後の10日間は社内研修と社外研修により、業界知識やビジネスマナーなど、社会人としての基礎を学びます。会社の成り立ちや会社方針についても理解を深めます。

その後は約4カ月間、社外講習として富山県技術専門学院へ通い、金属材料や溶接、製図といった金属加工の基礎的な知識・技能を習得します。帰社後は役員へ報告することで「伝える力」も身につけます。

さらに、8カ月間は社内でOJT研修を実施します。主要4工程(ブランク・曲げ・機械加工・溶接)の現場を2カ月ずつまわり、各工程で実務を経験します。「現場に丸投げするようなOJTは必ず失敗する」(岡田社長)という考えから、OJT期間中に習得すべきスキルのリストを作成し、それに沿って各工程の主任・リーダーが教育します。実務に役立つ資料を綴じたバインダーが配布され、業務日誌として気づきや課題などを書いて提出すると、上司が返信やサポートを行います。

1年間の研修期間が終了すると、「卒業制作」として、これまでに学んだ加工技術をすべて盛り込んだ製品づくりにチャレンジし、本人の希望や適性を考慮して本配属となります。その後もジョブローテーションや5S発表会などを通じて成長を促し、将来的には一人でも鉄工所として成立するだけのスキルを身につけた多能工 「一人鉄工所」 となれるようサポートしていきます。

岡田社長は「これだけのことをやって、ようやく若い人に『入りたい』と思ってもらえるようになってきました。これからも『モノづくり企業』の中で一番の『ひとづくり企業』を目指していきたい」と語っています。

脱ワンマン経営で社員に
寄り添った経営改革を

(株)富士溶工(大阪府大阪市、新川洋右社長)は、脱ワンマン経営により業績を大幅に伸ばしただけでなく、思い切った処遇改善を実行し、10名の新入社員を獲得しました。

創業73年をむかえる板金加工・製缶加工企業で、従業員数は30名。手がけている業種は特殊車両、造船、食品機械、工作機械、医療機器、制御盤、プラント関係、建築内装品と多岐にわたります。

新川洋右社長は2018年に38歳で3代目社長に就任して以降、ワンマン経営になることを避け、「顧客」「協力会社」「自社」「社員」「世間」の「五方良し」を目指して経営改革を推進していきました。従業員の意見に耳を傾け、同業種・異業種の企業とも交流を重ねることで、社内の雰囲気も受注環境も改善し、売上高はわずか4年半で2.6倍に増えました。

顧客と仕事量の増加にともなって新たな人材を募集する際、新川社長はコンサルタントの協力を得ながら、思い切った処遇改善を実行しました。

新川洋右社長

新川洋右社長

まず、給与は月20時間分の固定残業代を従業員全員に一律で支払うことに決めました。月の残業時間が20時間に満たなくても支払い、20時間を超えた分は別途支払います。在籍中の従業員については、従来の基本給に従来の固定残業代を加えて新しい基本給とし、そこから20時間分の固定残業代を計算します。全従業員に対してベースアップとなったことで、新規採用の募集条件も同業他社を上まわることになりました。

土曜日の勤務は選択制にし、在籍中の従業員に対しては新川社長が一人ひとりと面談して意向を確かめました。「対応できる人だけ出てきてくれたらそれで良い」(新川社長)と考え、それぞれの事情や希望をできる限り尊重しました。

4月1日からの2カ月間、「リクナビ」に社員募集の広告を掲載すると、コンサルタントの予想を大きく上まわる110名もの応募がありました。その中から約40名の面接を行って10名を採用。同社の従業員数は30名から40名に増えました。

2020年に竣工した「第3工場」

2020年に竣工した「第3工場」

若手社員が開発した自社商品

若手社員が開発した自社商品

面接試験で面接官を務めたのは新川社長ではなく、人材を必要としている工程の従業員でした。面接を担当する従業員は、応募者に「ここで働きたい」と思ってもらえるようにプレゼンを行い、「一緒に働きたい」と思える人を選び、採用が決まった後は「教育係」として責任を持って育てます。

新川社長は「利益の半分は設備導入や非常事態に対処するための資金として会社に残し、残りはみんなで分配しようと考えています。その分配のしかたをどうするか ― 従業員が50人になっても60人になっても通用するような人事考課の仕組みをつくるため、みんなで話し合っているところです。定量的な数値目標だけでなく、人柄や勤務姿勢のような定性的な要素も評価できるような仕組みにしていきたい」と語っています。

人口減少・社会的要請により
企業と従業員の関係性が変わる

ここで取り上げた3社は、それぞれ企業規模・地域・業種・業態・生産内容など、すべてが異なります。その一方で、3社とも従来型の経営スタイル(顧客第一主義・ワンマン経営・丸投げOJTなど)に対する反省と、従業員エンゲージメントの向上に貢献する打ち手(理念・働き甲斐・人材育成・対話など)へのこだわりが見て取れます。言葉として掲げているかどうかは別にして、中小製造業でも若手経営者ほど意識的にエンゲージメント向上に取り組んでいる様子がうかがえます。

最近は規模の大小を問わず、企業と従業員の関係性が大きく変わろうとしています。これは人口減少により労働市場が売り手優位になったというだけではなく、社会的要請であり、世界的な潮流でもあります。政府は「新しい資本主義」の実現へ向けて「費用としての人件費から、資産としての人的投資へ」を掲げています。大企業は、ESG(環境・社会・企業統治)経営の浸透にともなって、従業員を「コスト」ではなく「競争力の源泉」として評価する「人的資本経営」への転換を模索し始めています。

資金や人的・物的リソースに制約がある中小製造業にとっては難題ですが、これからの時代、事業存続のためには「企業と従業員の関係の再構築」「従業員エンゲージメントの向上」が避けて通れないテーマとなりそうです。

記事:マシニスト出版