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モノづくり企業の挑戦

板金加工業界

がんばる女性経営者
― 板金業界では老舗企業で女性社長が増える

社長の平均年齢は60.4歳、
交代年齢は68.8歳

帝国データバンクの調査によると、2022年時点の社長の平均年齢は60.4歳となりました。前年から0.1歳上回り、統計として遡れる1990年から32年連続で上昇し、過去最高を更新しました。

2022年に社長が交代した割合は3.82%で、前年から0.1ポイント低下し、2010年以降は3%台後半で推移しています。社長が引退する平均年齢は68.8歳で、70歳が目前の段階で社長の交代に踏み切っているようです。

団塊の世代が60歳以上に達した2010年頃から、中小企業の経営者の高齢化が進み、事業承継の重要性が叫ばれてきました。しかし、その後10年間はあまり進展しないまま、2022年から2024年には団塊の世代が75歳以上の後期高齢者となり、中小企業の事業承継が大きな問題となっています。

事業承継には「親族内承継」と「親族外承継」があります。「親族内承継」においては、親から子への事業承継がメインとなっており、国も事業承継を円滑に進めるため、相続に係る税対策や経営理念の継承など、様々な角度から支援事業を行っています。一方、「親族外承継」は、従業員への承継やM&Aがあり、最近ではM&Aの件数が大きく伸びています。

親から子への「親族内承継」では、父親から息子への事業承継がメインとなっていますが、近年は少子化の影響もあり、特に老舗企業を中心に父親から娘への事業承継の増加に伴い、女性経営者が増えています。

ジェンダーギャップ指数で
日本は世界116位

2022年7月に世界経済フォーラムが公表した男女格差を測るジェンダーギャップ指数では、日本は146カ国中116位に留まりました。このうち「経済」分野における男女格差は大きく、是正に向けて国や経済界では、女性が社長に就任する動きを加速させる傾向が見られます。

帝国データバンクによると、2022年4月時点における女性社長の割合は、前年比0.1ポイント増の8.2%と、2年ぶりに上昇し、過去最高を更新しました。女性社長を年齢構成比でみると、「70~74 歳」が14.5%で4年連続で最も高く、一方で「75~79 歳」が9.9%と同0.7 ポイント増で最多となっています。さらに、60歳以上の女性社長が全体の59.7%を占め、平均年齢は62.9歳と高齢化が進んでいることが伺えます。

板金業界でも事業承継は大きな問題となっており、後継者難から休廃業する企業も増えています。こうした中で業歴が30年以上の企業でも女性社長の活躍が目立っています。

板金業界で女性社長が活躍する2社のケースをご紹介します。

海外人材の育成で
ダイバーシティ化を進める

(株)二ノ宮製作所(埼玉県秩父市)は1947年に飛行機エンジニアであった二ノ宮精二氏が創業しました。秩父地方の板金企業としては「老舗」で、同社で育った人材が独立した板金企業が複数誕生しています。

そんな同社が大きな転機を迎えたのは2011年。二ノ宮紀子社長が3代名経営者に就任後、中小企業診断士の資格を持つ堀安吉城専務とともに10年先の長期経営計画「ビジョン2020」を策定。コア技術・筐体製造技術に工場マネジメント力を付加し、「お客さまに選ばれる金属筐体の専門メーカー」を目指しました。

二ノ宮紀子社長

二ノ宮紀子社長

それとともに会社の行動指針として「NINOMIYA BASICS」(しなやかさ/行動継続力/情熱・チャレンジ/チームワーク/品格)を定めて実践し、社員一人ひとりのスキルアップを図るため、技能検定資格の取得をサポートする体制を構築しました。2013年には皆野工場(敷地面積3,774㎡)に小規模ながら塗装設備を導入し、一貫生産体制を確立してISO14001:2014の認証も取得しました。さらに「筐体製造エンジニア育成プログラム」を導入し、「心・技・体・協・知・考」を備えたエンジニアリング提案ができる人材育成に取り組み始めました。

生産年齢人口が減少する中で、人材育成を重視し、特に海外からの人材を積極的に採用することを決断しました。2014年にJETROの「中堅・中小・小規模事業者新興国進出支援専門家派遣事業」に採択され、フィリピンを訪問。2015年にフィリピンのマプア大学と国際インターンシップ協定を締結しました。また、国際協力機構(JICA)や埼玉県の国際課とプロジェクトの連携を図り、セブ州のサンホセレコレトス大学とも同協定を締結し、インターンシップ生の受け入れを開始しました。

二ノ宮製作所のみどりが丘工場

二ノ宮製作所のみどりが丘工場

2016年には経営ビジョン「ROAD TO 2022」にアップデートし、ISO9001:2015および ISO14001:2015の認定を取得。2017年には3次元CADのソフトを拡充し、筐体製造の工程設計能力を強化しました。2018年にはベンディングマシン「HG-1003ATC」の導入とともに、製品品質向上のためクリーンブースを設置し、工程設計能力強化のために製造技術グループを発足しました。

自動金型交換装置を備えたベンディングマシン「HG-1003 ATC」

自動金型交換装置を備えたベンディングマシン「HG-1003 ATC」

フィリピンの4大学と連携

2019年、溶接工程にハンディファイバーレーザ溶接機「FLW-300MT」を導入し、溶接品質の改善とスキルレス化に取り組みました。2020年には新たにフィリピンのカビテ州立大学と国際インターンシップ協定を締結。製造支援システム「vLot Manager」を導入し、特急・割り込みなどにも対応した自動生産スケジューリングシステムの確立と生産性向上、デジタル化、技能の見える化を推進すると同時に、ダイバーシティ化に伴う現場の多言語化にも対応しました。

ファイバーレーザ溶接作業

ファイバーレーザ溶接作業

2022年には経済産業省の「サプライチェーン対策のための国内投資促進事業費補助金」に採択されました。2022年秋には、2007年に新設した「みどりが丘工場」の敷地内に高さ3000mmの大型精密筐体に対応できる塗装工場を新設。同工場は、処理槽の水洗水などをイオン交換樹脂により純水として再利用するなど、環境にも配慮した「環境配慮型工場」として竣工しました。

粉体塗装ブース内での塗装作業。高さ3000mmの大型精密筐体にも対応する

粉体塗装ブース内での塗装作業。高さ3000mmの大型精密筐体にも対応する

2023年には半導体製造装置など大型精密筐体の生産体制を強化するため、自動倉庫「MARS」(7段11列)と連動するファイバーレーザ複合マシン「ACIES-2512T-AJ」と「ACIES-2512T」に連動させました。これにより、パンチ・レーザ複合マシンが3台体制となり、ブランク加工能力は1.5倍に向上。こうした様々な取り組みにより、直近10年間で売上高は約2倍に増加しています。

7段11列の自動倉庫「MARS」と連動する2台の複合マシン

7段11列の自動倉庫「MARS」と連動する2台の複合マシン

ダイバーシティ化が進み
26名が海外人材

同社で働く80名のうち26名が外国人です。3名が高度人材で、残りは特定技能や技能実習生にインターンシップの学生3名が加わっています。大半のインターン生は理工系であり、高いITスキルを生かして、生産管理システムで必要なBOM(部品表)や、マスター登録などのデータベースも彼らが作成しました。インターン生の国籍はフィリピン、インドネシア、ミャンマー、ベトナムと多国籍となっています。海外人材は単なる労働者ではなく、税金も社会保険料も納める立派な日本の生活者。二ノ宮社長は「日本での生活がより豊かで実り多いものとなるように」と日本語教師の資格を取得しました。「海外人材の日本語能力を向上させ、充実した日々を過ごしてもらい、さらに活躍してほしい」(二ノ宮社長)といいます。

地域に欠かせない板金工場を目指す

岡山県倉敷市にある(有)田中製作所(岡山県倉敷市)の3代目経営者、門田悦子社長は、経営幹部に就任した2012年頃から経営改革を推進してきました。ビジョナリー経営(理念経営)を展開し、全社員を巻き込んで「経営指針書」や「10年ビジョン」を作成。明確な経営戦略に基づいて、同社の強みであるオーダーメイドの特注品にリソースを集中し、「地域に欠かせない板金工場」として存在感を高めています。

門田悦子社長

門田悦子社長

2022年11月にはハンディファイバーレーザ溶接機「FLW-1500MT」を導入し、専用の溶接ブースを新設。精度・品質が要求される半導体製造装置向けの精密板金加工部品や、デザイン・アートなど“一点物”の作品への対応力を高めました。

ハンディファイバーレーザ溶接機の導入により、精密板金加工部品などへの対応力を高めた

ハンディファイバーレーザ溶接機の導入により、精密板金加工部品などへの対応力を高めた

それと並行して旧事務所棟のリニューアルを進め、2023年2月には地域に根差した板金工房「瀬戸内板金SQUARE」を開設。「アイデアをカタチに」「欲しいをつくる工房」をコンセプトに、地域の共創施設、オープンイノベーション施設としての活用を目指しています。工房には製品サンプルやCADを設置し、商談スペースとして活用できるほか、ファイバーレーザ溶接作業の見学や溶接体験も行うことができます。

2023年2月に開設した板金工房「瀬戸内板金SQUARE」

2023年2月に開設した板金工房「瀬戸内板金SQUARE」

門田社長は「田中とわかるものづくり」を経営理念に、「ものづくり」「ことづくり」「ひとづくり」のシナジーによって地域に必要とされる企業であり続けることを宣言しました。同社にとって、板金工房はそのための仕掛けのひとつです。また、地域の企業ネットワークを生かすことで、多様性のあるものづくりを実現していこうとしています。自社では加工できない領域の設備・ノウハウを持った地域の同業者や異業種の企業と連携することで、お客さまからの要望により高いレベルで対応することを目指しています。

生産能力・生産性を向上させる
設備投資

「地域」へのアプローチと並行して、生産能力・生産性を高めるための設備投資も活発に行っています。2019年には工場・事務所を増築し、工場面積を1.5倍に拡張。自動金型交換装置付きベンディングマシン「HG-1003ATC」を増設し、ボトルネックになっていた曲げ工程の処理能力を増強しました。難易度が高い曲げ加工の技能伝承と多能工化が進んだことで、時間外労働が減っただけでなく、従業員が休暇を取りやすくなるなど労働環境改善にも貢献しています。

「HG-ATC」の導入により曲げ工程のボトルネックを解消

「HG-ATC」の導入により曲げ工程のボトルネックを解消

2023年2月には隣接地の土地・工場建屋(敷地1,130㎡・建坪317㎡)を取得し、敷地面積は1.5倍、建築面積は1.3倍に広がりました。現在は倉庫として利用していますが、2024年にはレイアウト改善計画チームを発足させ、2026年までにファイバーレーザ複合マシンを導入し、2030年までに従業員を3名増員して20名体制にする構想で、それを踏まえて工場レイアウトの抜本的な見直しを計画しています。

これにより、同社が強みを発揮できる「一品一様」の業態を維持しながらも、試作案件から展開する小規模量産のニーズに応えられる体制を築き、事業領域を拡大する計画です。

元看護師のフリーランスから
3代目経営者へ

同社は1972年、門田社長の父親である田中平八氏が創業し、一品一様のオーダーメイドを得意とする板金加工企業として発展してきました。

創業当初は分電盤・制御盤の筐体製作に特化し、高度経済成長の追い風を受けて順調に成長してきました。しかし1990年、現在地に自社工場を建設し、同社初となるパンチングマシン「PEGA-357」の導入計画を進めている最中に田中氏が急逝。門田社長の母親である田中昌子前社長が2代目社長に就任することになりました。

その翌年にバブルが崩壊し、日本経済全体が低迷期に入る中、大黒柱を失った同社の目標は借入金の完済、古参社員の定年、転職市場で不自由しない若手社員の育成、そしてソフトランディングによる廃業でした。そのため、その後の20年近くは大胆な設備投資を行うことなく、粛々と事業を継続してきましたが、2008年に目標達成を目前にリーマンショックが発生し、業績は再び大きく落ち込んでしまいました。

「母は、ひとりも解雇することなく、機械を売却することもなく、新たに運転資金を借り入れて工場を守り切りました。手放すこともできたはずですが、最悪の環境で社員を路頭に迷わせるわけにはいかないという思いが強かった。私はそのとき初めて、母がそれほどまでにこの工場と従業員を大切に思っていることを知り、母の覚悟を見た気がしました」と門田社長は振り返ります。

その後、業績が回復へ向かう中、従業員の強い要望を受けて田中前社長が後継者に指名したのが、元看護師の門田社長でした。
リーマンショックのときに身内として、またパート社員として「母の覚悟」を目の当たりにした門田社長は、田中前社長と従業員の要請を受けて事業承継を承諾。2012年から経営幹部となり、7年後の2019年に3代目社長に就任しました。

地域が必要とする企業に

経営が軌道に乗るにつれ、門田社長が目指すビジョナリー経営も本格化。全社員を巻き込みながら、将来ビジョンを作成・共有できるようになりました。

2019年には「10年ビジョン」を作成し、2020年から2030年までの「設備」(夢の機械)と「組織」(理想の働き方)の進化の道筋を全社で共有。毎年、年初に開催する全社会議でその年の経営指針を議論しながら「経営指針書」を作成し、「10年ビジョン」の内容も見直しています。

前期(2023年9月期)の売上構成は、工作機械部品が37%、分電盤・配電盤筐体が36%、農業機械の試作部品が8%、半導体製造装置などの精密板金加工部品が16%、デザイン板金が3%となっています。得意先口座数は209社で、そのうち前期の取引実績は97社。ここには新規得意先18社が含まれ、毎年20社前後のペースで得意先が増えています。

「岡山県ものづくり女性中央会」
設立メンバー

2019年に開設した新しい事務所には、社員同士のコミュニケーションを充実させるための交流スペースをつくり、職場環境の改善、子育て支援、就業規則の充実、健康経営に力を入れています。2021年には、「おかやま子育て応援宣言」を実施。父親が育児休業を取得しやすい環境を整えるために社内研修を行い、時間単位有休取得制度を導入して子どもの行事に参加しやすくしました。

また、門田社長はものづくりの分野においても経営力を発揮し、2018年には10名の設立メンバーとして「岡山県ものづくり女性中央会」設立に尽力。女性経営者とのコミュニケーションにも積極的に参加し、働き方改革などの施策推進、中小企業団体の発展に取り組んでいます。

「仕事に対する誇りと働きがいを大切にし、仕事に誇りを抱くことで良い家庭を築き、良い家庭を築くことで良い仕事をする――地域に必要とされる企業であり続けるためにはこの好循環が必要不可欠と考え、ワークライフバランスとウェルビーイングの向上を目指していきたい」(門田社長)といいます。

これからも、女性経営者の方々の活躍に注目が集まることでしょう。

記事:マシニスト出版