板金加工業界
女性社員がいきいきと輝く!
板金加工業界の成功事例

埼玉県入間市の(株)間野製作所の生産部部品課で溶接を手がける
田中麻理恵さん(左)、間野祐梨奈さん(中央)、後藤久美子さん(右)
働き方の多様化が進み、女性労働者も増加中
厚生労働省が2024年に発表した「令和5年版働く女性の実情」によると、2023年の労働力人口総数は前年から23万人増の6925万人となりました。このうち、女性は3124万人(前年から28万人増加)で、2012年以降、コロナ禍で経済活動が抑制された2020年を除けば、10年連続の増加となっています。また、労働力人口総数に占める女性の割合は45.1%(前年差0.2ポイント上昇)となり、ゆるやかに増加し続けていることがわかります。

出典:厚生労働省「令和5年版働く女性の実情」
日本では、女性の労働力率を年齢階級別に見た場合、労働力人口比率が結婚・出産期にあたる25~29歳および30~34歳が底となり、いわゆる「M字カーブ」を描いていることは長年、課題とされてきました。しかし、この状況が改善されつつあります。
内閣府が2024年6月に発表した「令和6年版男女共同参画白書」によると、共働き世帯の数は年々増加しており、2023年時点で専業主婦世帯の約3倍にあたる1206万世帯となっています。出産・育児によるとみられる正規雇用比率の低下幅も小さくなっており、今後も女性の正規雇用比率が高まることが期待できます。
こうした増加の背景には、「女性活躍推進法」の後押しを受けた企業の取り組みなどが挙げられます。とりわけ「育児休暇制度」「時短勤務」など、ライフイベントに合わせて様々な働き方を選択できるようになったことが大きいといえます。
働き方の選択肢が増えたことで、女性は仕事と育児や家事などを両立しやすくなり、社員全体のワークライフバランスの充実にもつながっています。企業も働き手が増えたことで、生産性の向上、応募者数の増加などにつながっています。
しかし、こうした動きは業種によっても差があるようです。サービス業や飲食業界などと比べ、製造業や建設業は女性が少ないといわれています。今後ますます少子高齢化が進み、働き手が減少する日本で女性の労働力は不可欠でしょう。それでは製造業で活躍する女性を増やすにはどうしたらいいのでしょうか。
ここからは、実際に女性社員がいきいきと活躍している2社の板金企業の事例をご紹介します。
「製造業のテーマパーク」の実現には
女性の存在がかかせない
(株)吉見鈑金製作所(長野県上田市)の吉見昌高社長が目指しているのは、訪問者、働く人など同社と関わるすべての人が楽しいと思える「製造業のテーマパーク」。
その中では、社員は演者で社長はプロデューサー。「演者」(社員)が楽しく演じ(働き)、より高いパフォーマンスを提供することができれば顧客は高い満足を得ることができるのでは、と吉見社長は考えました。吉見社長は「プロデューサー」(社長)として、社員が働きやすい環境づくりや福利厚生の見直し、社員同士のコミュニケーションの場の創出などを行ってきました。

働きやすさを追求し、様々な工夫が凝らされた
(株)吉見鈑金製作所の塗装工場(2023年7月完成)。
中でも、特に力を入れているのが「新人や加工経験の少ない社員が、すぐに熟練工と同じような加工ができるようにすること」。
そのための最新設備やDX化への投資なども積極的に進めてきました。熟練工の培ってきた技術やノウハウをデータ化することで、経験の少ない社員でも同社の加工技術を引き継げるようにしました。さらに、仕事の流れを見える化し、社員間であらゆる情報を常に共有することなど、利便性を高めていきました。
そして、新人や加工経験の少ない社員でも「プラモデルをつくるような感覚」でモノづくりができる仕組みの構築を目指しています。
従業員85名のうち、10~30代の若手の割合は約70%。また、社員の約1/3が女性で、事務職やプログラム工程だけでなく、ブランク工程や溶接工程などの製造現場で活躍する女性の姿が目立つことも同社の特徴です。
2021年4月に入社した第一製造課の栁澤亜美さんは、ハローワークや親族からの勧めもあり、同社に応募しました。しかし、入社のきっかけは面接で吉見社長から聞いた会社のビジョンに興味を惹かれたこと、見学をした際にBGMが工場内に流れているなど社員が楽しく働けるような工夫を行っていることを知り、興味を持ったことだといいます。
栁澤さんは現在、ステンレス・アルミなどのネスティングを中心に、ネスティングシートの読み込み、複合マシンのメンテナンス、棚卸しなどを行っています。
「これまで金属加工企業で働いたことはなかったので、最初の頃はネスティングをするにも、材質、板厚、サイズ、加工マシンの振り分け、ジョイントをつける位置などを確認することが多く、覚えるのも大変でした。根気強く教えてくれた先輩方に感謝しています」。

第一製造部の栁澤亜美さん
「今後、機会があれば曲げや検査など異なる工程にもチャレンジしてみたい。すべての工程を1人でできるようになればかっこいいなと思っています。しかし、まずはネスティングの条件づけの部分を自動化できないかなど、現在の業務を効率化できる方法がないかを試行錯誤していきたい。中途半端に他の工程に手を出すのではなく、1つずつ技量を高めていきたいと思っています」(栁澤さん)。
2021年12月に入社した塗装部門の西牧美奈子さんは、「製造業には男性社会のイメージがありましたが、当社に関しては本当に働きやすくて、生産管理はもちろん、ネスティング、曲げ、溶接などあらゆる工程で女性が活躍しているので、自分のやる気次第で何でも挑戦できる風土があります」と言っています。
西牧さんが働く塗装工場は「製造業のテーマパーク」へ向けた第一段階としてつくられました。工場の壁には地元出身のアーティストがデザインした同社のモノづくりと塗装工程をイメージした絵が描かれているほか、シンナー臭がしないなど、人に優しい作業環境が整えられています。

塗装部門の西牧美奈子さん
「はじめて塗装工場に訪れたとき、これまで持っていたイメージとのあまりの違いに、本当にこれが工場なのかと衝撃を受けました。こんな環境で仕事ができるのはとてもありがたいですし、見学のお客さまがいらっしゃったときに『すごく綺麗だね』『こんなところで仕事ができていいね』と言ってもらえるのはすごくうれしい。作業着も本社工場とは違ってサロペットが採用されていて、製品がキズつきにくく、見た目もかわいい。そうした気持ちは塗装品質や製品品質にもつながってくると思うので、いつまでも綺麗に大切に使い続けなくてはいけないなと思っています」(西牧さん)。
吉見社長は女性スタッフの必要性について「演者(社員)が楽しく演じるためにも女性の存在は不可欠だと思っています。華があって職場が明るくなるというのもありますが、1番は細かな気遣いや細かい作業も淡々とこなしてくれること、いつも感謝しています。女性が様々な職場で活躍しているところを見せることで相手に『私にもできるかも』というチャレンジ精神や勇気を芽生えさせるきっかけになることもあるでしょう。最近は仕事において男女の区別があまりなくなってきています。自動化がより進んでくれば、さらに女性が活躍するような世界になってくるかもしれません」と語っています。

製造業の未来について笑顔で語る吉見昌高社長
「子育て支援第一」を掲げ、
サポートし合う基盤づくり
(株)間野製作所(埼玉県入間市、間野尚社長)は、自動洗米機の製造・組立を中心に、医用機器や通信機器、建築金物などの金属加工部品の製造、電子機器の組立・配線などを行っている会社です。
加工から溶接、組立、検査、出荷までのすべての工程を行う同社の強みは「MIL規格」(米国国防総省が調達する物資に対して過酷な環境でも問題なく利用できるよう定めた品質基準)に準じて行われている「アルミ溶接」です。溶接作業者は全員、定期的に社内の厳しい技術試験を受け、スキルと知識を最新の状態に保っています。そんな同社の溶接の一角を担うのが3人の女性陣です。

埼玉県入間市にある(株)間野製作所
2014年に入社した田中麻理恵さんは、小さい頃から溶接工の祖父の姿を見て育ち、「溶接」に憧れがあったそうです。「溶接のできるところで働きたい」と就職先を探していたとき、父親から「楽しそうな板金屋がある」と勧められたのが同社だったといいます。
入社後はバリ取りや曲げ加工などを担当していましたが、2年が経過したタイミングで間野社長に「溶接をやりたい」と希望を出し、溶接工程の担当になりました。現在は生産部部品課主任として、アルミ製の船舶部品の溶接などを担当しています。
「溶接には幼い頃から憧れがありました。とはいえ、始めは分からないことだらけで不安もありましたが、先輩方が優しく教えてくれました。最初は火花もこわかったです。ただ、女性だからといって負けたくはなかったので『いつかぎゃふんと言わせてみせる』と、ひたすら技術を磨きました。産休明けにはアルミ溶接の社内試験で合格。今では火花もこわくありません」。

生産部部品課主任の田中麻理恵さん
「溶接は3Kのイメージが強いといわれますが、私自身そういう認識はありません。溶接の技術は奥深く、種類によっても勝手が違うので、習得するには幅広い知識・技術が必要になります。その分それらを駆使して、綺麗に製品をつくりあげられたときのやりがいは大きい。今後はさらに溶接技術を高めていきたい」(田中さん)。
2020年に入社した後藤久美子さんはフィリピンの出身。前職は機械製造業で検査などを行っていました。子どもがいるため夜勤の対応が難しく、転職を考えていたときに友人から紹介されたのが同社だったといいます。
「友人が組立工程で働いていて、『良い会社だよ』と紹介してくれました。間野社長からは入社して最初に組立と溶接のどちらをやりたいか質問され、かっこいいので『溶接がやりたい』と応えました。そのときマリちゃん(田中さん)はまだほかの工程にいたので、溶接工程は男性のみ。漢字も読めず、日本語も難しかったのでできるかなと不安でした。はじめのうちは失敗ばかりで、なんで綺麗に溶接できないのと泣いたこともありました。作業に慣れ、溶接についてわかってきてからは毎日が楽しいです」。

生産部部品課の後藤久美子さん
「家族で外食したときに自社で加工した自動洗米機を見かけることがあります。夫や子どもには『あれは私が溶接したんだよ』『こういうすごい仕事をしているんだよ』と伝えています。自分が行った仕事がカタチとして目に見えるのでうれしいですし、やりがいも感じます」(後藤さん)。
2024年4月に入社した間野祐梨奈さんの前職はアパレル業界。コロナ禍に子どもの体調不良で休みを申請することが増えると、上司から小言を言われるようになったそうです。長子が小学生になることもあって、土日休みの仕事に就きたいと考えるようになったとき、思い出したのが家業のことだったといいます。
「前職とちがう職種なので、新しく覚えることばかり。モノづくりに関してはまったくの未経験者なのでイチから学んでいます。溶接では綺麗なビード面を出すのが大変で、はじめの1カ月半ほどはひたすら練習を繰り返しました。そのときは仕事のために来たのに自分だけずっと練習をしている、何の役にも立てていないということが辛かったですね」。

生産部部品課の間野祐梨奈さん
「最近はだんだんと緊張もほぐれ、余裕が出てきました。仕事も少しずつ覚え、入社時よりも視野が広がり、様々なことに気づけるようになったと思います。2017年に弟(間野朋文氏)が入社して、現在は営業担当としてがんばっています。私は現場でがんばりたい。まだまだ未熟ですが、ゆくゆくはすべての工程に対応し、製造全体を見られるようになって、現場の声を上に届ける橋渡しをしたいと考えています」(間野さん)。
社員の平均年齢は40代前半で子育て中のメンバーも多い。
そんな中、間野社長が掲げているのは「子育て支援第一」という考え方です。
「急な早退や欠勤は全然苦になりませんし、子どもが大丈夫かの方が心配ですね。仕事の進捗などは皆でカバーすれば良いですし、社員が忙しくてできないならば俺がやればいい。今のところ、各リーダーが率先して、仕事を割り振ってくれているので滞りなく進められています。会社を立ち上げたとき、創業メンバー3人は365日会社にいる状態で全然子育てに携われませんでした。未だにそれは反省しています。会社もここまで成長できたのだから、その分若い社員たちに返していきたい。その思いは皆も分かってくれると思うし、各々のがんばりを見ているので文句が出ることはありません」(間野社長)。
実際に「先日も保育園から連絡があり、早退することになりましたが、まわりも『早く帰ってあげな』とすんなり許可してくれて、ありがたかったです」(間野さん)。「子どもから電話がかかってきた時も、上長に確認してすぐに折り返すことができます。大丈夫そうなら安心できますし、気持ちを切り替えて仕事に集中できます」(後藤さん)という会話からもその考えが社内に浸透していることが垣間見えました。
こうした取り組みの成果もあり、同社は社員からの紹介で入社したという人も多いようです。2024年段階ではまだ完全週休2日ではありませんでしたが、「2025年は土曜日出勤を減らして、2026年には完全週休2日にする予定」と間野社長は説明しています。
生産年齢人口の減少に伴い、
対応が問われる
女性活躍に向けた考えも対策方法もまったく異なっている事例を紹介しましたが、ここで紹介した2社に共通していることは、女性たちが「いきいきと」「やりがいを持って」働いているという点です。
吉見社長は、最新の設備や機能を使うことで作業者たちの負担を軽減させ、かつ工場の見た目や服装を変えることで、製造業の持つ3K(きつい・汚い・危険)のイメージを払しょくし、「楽しい」場所に変えることを目指しています。SNSによる情報発信にも積極的で、会社の魅力をPRすることで製造業への抵抗感をなくし、若手や女性の活躍する姿を見てもらうことで敷居を下げ、興味を持ってもらい、若手を中心に応募者数が増加しています。
間野社長は、自身の「仕事ばかりで家庭を顧みることができなかった」という後悔から「子育て支援第一」を掲げてきました。大事にしているのは社員の話を聞くこと。悩みや想い、希望を聞くことで、働きやすい会社づくりを心掛けてきたといいます。そうした取り組みが評判を呼び、友人を紹介するということにもつながっていきました。また、創業メンバーに女性(佐野瑞恵常務)がいて、意見が聞けたことも大きかったと間野社長は言います。
生産年齢人口の減少に伴い、どのように対応していくかが、企業に問われています。
機械化・自動化はもちろん重要ですが、完全に人手による作業をなくすことは現状では難しいでしょう。そのため、あらゆる選択肢のひとつとして、女性の存在は無視ができないものとなってきています。
記事:マシニスト出版