板金加工業界
『脱炭素』で勝ち残る!
企業価値を創造するチャレンジ企業たち
「脱炭素」の取り組みを企業価値向上や
ブランディングに役立てる動き
2021年に米国がパリ協定に復帰して以来、世界中で「脱炭素」に向けた動きが加速しました。日本政府も2020年にCO2排出量の削減目標を国際公約として発表して以来、目標達成へ向けた法制度の整備や補助金などの創設を進めてきました。今年2月には「地球温暖化対策計画」(改定)、「GX2040ビジョン」(改訂)、「第7次エネルギー基本計画」を閣議決定し、温室効果ガス排出量を2035年度までに2013年度比で60%削減、2040年度までに73%削減するという新たな目標を掲げています。
その一方、米・トランプ大統領がパリ協定からの離脱を国連に通知し、7月には電動化・再エネ・水素産業への支援を見直す減税法案が米連邦議会下院で可決され、世界の脱炭素化の流れは不透明な状況となっています。
日本国内では、サプライチェーン全体での脱炭素化がなかなか浸透せず、2024年以降、賃上げ傾向に見直された補助金事業の影響もあって、中小製造業の脱炭素対応はトーンダウンしています。
しかし、早くから脱炭素に取り組んできた中小製造業を中心に、その考え方に変化が見られるようになってきました。
日本商工会議所・東京商工会議所が今年4~5月に実施した「2025年度中小企業の省エネ・脱炭素に関する実態調査」によると、中小企業が脱炭素に取り組む理由・目的は「光熱費・燃料費の削減」(76.5%)が突出して多いものの、「企業としての評価や知名度の維持・向上」(32.1%)が次位となり、中小企業でも脱炭素の取り組みを企業価値向上やブランディングに役立てようとする動きが見られ、徐々に脱炭素化の取り組みの重要性が認知されつつあるといえます(グラフ1)。
※出典:日本商工会議所・東京商工会議所「2025年度中小企業の
省エネ・脱炭素に関する実態調査」集計結果(2025年7月)
ここからは、10年以上にわたって省エネ化・再エネ活用による「光熱費・燃料費の削減」に取り組みつつ、その発展形として「企業としての評価や知名度の維持・向上」に取り組む2社の事例をご紹介します。
自社ブランド商品の「カーボン・オフセット」に対応
(有)志村プレス工業所(愛知県小牧市、志村正廣会長、志村雄司社長)は2024年10月、自社ブランド商品「Ti-iro」(ちいろ)に関して「カーボン・オフセット認証」を取得しました。
「Ti-iro」は、純チタンの持つ特長とレーザ加飾技術を融合した同社のアクセサリーブランドです。「カーボン・オフセット認証制度」は、企業などが実施するカーボン・オフセットの取り組みに対して、認証機関である一般社団法人カーボンオフセット協会が認証基準を満たしていることを確認し、認証を付与する制度です。

志村正廣会長
同社は「Ti-iro」ブランドのアクセサリーの製造によって排出される温室効果ガスを、同社が毎月使用する電力量から算出し、最大限の努力をしても削減しきれない分のCO2排出量は、「カーボンクレジット」(排出権料)を購入することで相殺しています。購入するカーボンクレジットには、木曽三川水源造成公社が実施する「間伐促進プロジェクト~水源の森づくりプロジェクト~」を選択し、水源地域の森林整備事業の支援につなげています。
この「カーボンクレジット」とは、温室効果ガスの削減量や排出権を企業間で売買できる仕組みです。企業や団体が森林の保護や植林、省エネ機器の導入などに取り組むことで生まれた温室効果ガスの削減効果(削減量・吸収量)を、クレジットとして発行します。クレジットは企業間で売買でき、市場での取引が可能となります。排出量を削減しきれない企業が、カーボンクレジットを購入して排出量の一部を相殺することを「カーボン・オフセット」と呼びます。

2024年に自社ブランド商品「Ti-iro」に関して
「カーボン・オフセット認証」を取得
同社の場合、「Ti-iro」ブランドのアクセサリー商品の製作で見込まれるCO2排出量は月2トン。それに対して1トンあたり8000円、計1万6000円のクレジットを購入するという内容で認証を受けました。

「Ti-iro」は純チタンの持つ特長とレーザ加飾技術を
融合した自社ブランドのアクセサリー
企業の社会的責任として排出される
温室効果ガス削減に取り組む
同社は東日本大震災と原発事故が発生した2011年から、エネルギーの運用を最適化する「EMS」(エネルギーマネジメントシステム)を導入・運用し、電気使用量やガス、エアーのエコ化に取り組み始めました。
2013年度補正予算の「エネルギー使用合理化事業者支援補助金」に採択され、省エネルギーなファイバーレーザマシンを導入するとともに、工場内の電力のムダを“見える化”しました。その後もエコマシンを順次増設しながら、IoTにより工場内の電力使用量をすべて“見える化”し、ピーク電力管理と生産管理システムを連動させることで電力使用の効率化を図りました。
その結果、現在のエネルギーコストは以前の64%にまで大きく削減することができ、エネルギー価格が高騰する中にあっても、同社の電気料金は下がり続けています。

ファイバーレーザマシン「VENTIS-3015AJe」
(6kW・フォーク式パレットチェンジャー仕様)で
電力使用量を削減
今回、新たな取り組みとして「カーボン・オフセット認証」を取得した狙いについて、志村正廣会長は次のように語っています。
「これまでは、自社だけで様々な改革に取り組んできましたが、モノづくりをしている以上、CO2排出量をゼロにすることは困難です。そのため、カーボン・オフセットに取り組むことによって、事業の中で排出される温室効果ガスに責任を持ち、積極的に排出削減活動を行うことを決めました」。
「まずは、社内の一部門である自社ブランド商品『Ti-iro』で認証を取得しました。カーボン・オフセット商品や当社の取り組みが、気候変動対策や地域活性化、持続可能な発展に寄与できることを誇りに思います。自然環境を大切にすることは未来への取り組みであり、社会が求めていることにしっかり対応していくことが会社の将来にもつながると考えています」。

ベンディングロボットシステム「EG-6013AR」。
自動化により使用電力量の平準化に挑戦
「カーボン・オフセット認証の取得は地域でも初とのことでした。私たちとしては今までどおり『まずはやってみよう!』のチャレンジ精神で、中小企業の意識改革の先駆けとなり、好循環をつくっていきたいと思います」(志村会長)。
省エネ化と再エネ活用による
脱炭素化を推進
川崎臨海部の京浜工業団地で事業を展開する日崎工業(株)(神奈川県川崎市、三瓶修社長)は、各種サインを中心に、イベント造作物・建築金物・什器備品・モニュメントなど、高度な外観品質が求められる製品の設計・製作・施工をワンストップで手がけています。
2011年に発生した東日本大震災と原発事故で両親の故郷(福島県富岡町と浪江町)がゴーストタウンと化していく様を目の当たりにした三瓶修社長は、「普段何気なく使ってきた電力も、様々なリスクをはらみながら生み出されているのだ」と痛感し、「省エネ化と再エネ活用による脱炭素化を実現し、中小製造業のモデルケースになりたい」と考えるようになりました。
2014年以降は、省エネ化・再エネ活用による脱炭素化を本格的に推進。2020年には「再エネ100宣言RE Action」に加入し、総勢30名に満たない中小製造業でありながら2030年までに完全脱炭素(CO2排出量ゼロ)を達成するという野心的な目標を掲げました。

三瓶修社長
三瓶社長はこれまでの省エネ化・再エネ活用の成果について、次のように語っています。
「2023年度実績を10年前のピーク時(2014年度)と比較すると、年間CO2排出量は約60%減、年間電気購入量は約48%減になりました。年間電気購入金額は、電気料金の高騰などにより約35%減となっています(グラフ2)。2014~2023年度の10年間で、エネルギー関連の総投資額は2億円を超えます。もちろん経済合理性がなくては続けられませんから、費用対効果や回収の目処を立てながら投資判断をしています。総投資額の中には付加価値を生むファイバーレーザ複合マシン『LC-2515C1AJ』や平板・パイプ兼用ファイバーレーザマシン『ENSIS-3015RI』も含まれます。イニシャルコストは国や自治体の補助金を活用しながら、ランニングコスト(電気料金やガソリン代)の削減効果も計算して、コストメリットが見込めるように実践してきました」(三瓶社長)。

2020年9月に導入した平板・パイプ兼用
ファイバーレーザマシン「ENSIS-3015RI」
生き残りのため、脱炭素を含む
「社会課題解決型」の事業に取り組む
同社の従来事業(イベント造作物・建築金物・什器備品・モニュメントなど)は景気変動の影響を大きく受けるため、コロナ禍以降は「新事業」として自社ブランド商品などに取り組み始めました。これまでにアウトドア用品、キッチンカー、キャンピングカー、ジビエカー、独立電源トレーラーハウス、スポーツ施設向け電動モビリティーといった自社ブランド商品・OEM商品を展開し、今では「新事業」が売上全体の20%を占めるまでに成長しました。2024年度に開設した「君津工場」(千葉県君津市)は、これら「新事業」の組立工場という位置づけです。
中でも三瓶社長が期待をかけているのが「独立電源トレーラーハウス」です。これは太陽光発電とリチウムイオン電池による完全独立電源の移動型オフィスです。けん引免許が不要な車体重量750kg以下の車両で、普通免許でもけん引でき、災害発生時は給電ポイントにもなるため地域のレジリエンス(強靭性)向上にも役立ちます。このような取り組みは、同社が生産した製品が排出するCO2の削減にもつながり、「社会課題解決型」の商品として注目を集めています。

独立電源トレーラーハウス。脱炭素化だけでなく、
災害対策やBCPに貢献する社会課題解決型の商品
として注目されている
三瓶社長は同社が展開する「新事業」について、次のように語っています。
「私はこれからの時代、『社会課題解決型』の事業に取り組んでいる企業でなければ生き残れないと考えています。そのため自社ブランド商品も、『脱炭素』に限らず『社会課題の解決』を強く意識しています。また、製品の付加価値を高めることは、脱炭素化の手段のひとつでもあると考えています。受託加工業の場合、どうしても出来高と電力消費量が比例してしまいます。機械を効率よく動かすことも大切ですが、メーカーとして商品を生み出すことで付加価値を高められれば、エネルギーをマネタイズするときの変換効率が高まることになり、事業成長と脱炭素化の両立に近づきます」。
「脱炭素は誰もが避けて通れないテーマですが、やろうと思っていきなりできるものではなく、常に取り組み続けなければ達成できません。脱炭素化の取り組みは、『一歩先の社会から必要とされる企業』として次世代の企業価値を創造するために欠かせない成長投資と考えています」(三瓶社長)。

「新事業」の組立工場として2024年度に開設した
「hizaki 君津ファクトリー」(千葉県君津市)
脱炭素への取り組みは
将来へ向けた「成長投資」
ここでご紹介した2社の事例は、どちらも東日本大震災・原発事故をきっかけにいち早く脱炭素に取り組み始め、「光熱費・燃料費の削減」を実現してきました。そうして10年以上の実績を積み重ねたのち、今では「光熱費・燃料費の削減」にとどまらず、「社会課題の解決」へと広がりを見せています。「脱炭素」という社会課題にいち早く着手し、自社の特色とすることで、「企業としての評価や知名度の維持・向上」に役立てています。
中小企業であっても社会的責任の遂行が求められる時代、脱炭素への取り組みは企業価値を創造する「成長投資」の一環として見直されようとしています。
記事:マシニスト出版