教育機関
実践的技術者を養成する「高専」
創造的な人材育成目指す
板金業界では近年、高等専門学校(「高専」)の卒業生が入社するケースが増えています。「高専」は、1961年6月に学校教育法の一部改正により創設され、1962年4月に第一期校が開校されて以来、今年で創設60周年を迎え、これまでに国内外で活躍する多彩な人材を輩出しています。
「高専」は、職業に必要な実践的かつ専門的な知識および技術を有する創造的な人材を育成するとともに、わが国の高等教育水準の向上と均衡ある発展を図ることを目的として創設されました。現在は、北海道から沖縄まで国立高専51校(55キャンパス)のネットワークを持ち、学生数52000人、教職員数6300人(うち、教員数3800人、技術職員数700人)の大規模な高等教育機関となっています。
各「高専」には、主に3~7学科が設置され、理工系分野の学科としては、機械・材料系学科(機械工学科など)、電気・電子系学科(電子工学科など)、情報系学科(情報工学科など)、化学・生物系学科(物質工学科など)、建設系・建築系学科(環境都市工学科など)、商船系学科(商船学科)など専門性の高い分野があります。
就職率は大卒者を上回る
5年一貫の教育課程は、一般科目と専門科目がバランスよく配置されています。実験・実習を重視した専門教育を行い、大学とほぼ同程度の専門的な知識、技術が身につけられるよう工夫されているのが特長となっています。
さらに5年の教育を受けた後に2年間の就学期間のある専攻科は、科学技術の高度化が進む中、本科卒業後により高度な技術者教育を行うことを目的としており、機械・電気システム工学系専攻、環境システム工学系専攻、物質工学系専攻などがあります。
最近は本科卒業後の進路として、約6割の学生が社会に出て、わが国の産業や社会の発展の中心的な担い手として活躍しており、就職率は4年制大学生よりも高いレベルで推移しています。
出典:国立高専機構2020年版パンフレット
※1:令和2年5月1日現在
※2:出典:文部科学省・厚生労働省調査「大学等卒業者の就職状況調査」(令和2年4月1日現在の抽出調査)
残り4割は、さらに専攻科に進学して2年間のより高度な専門教育を受ける者、長岡、豊橋の技術科学大学をはじめとする4年制大学に編入学してより高度な教育を受ける者、海外の大学等に留学する者など、そのキャリアパスは極めて多様になってきています。
出典:国立高専機構2020年版パンフレット
15歳で希望する専攻科を決める
「高専」では、中学を卒業した15歳という感受性の強い若者が講義に加えて実験・実習・実技、さらに、高専特有のロボットコンテスト(ロボコン)、プログラミングコンテスト(プロコン)、デザインコンペティション(デザコン)や英語プレゼンテーションコンテスト(英語プレコン)、防災コンテスト、ディープラーニングコンテスト(DCON)などによって、創造性と実践性を兼ね備えたエンジニアを育成しています。中には卒業後に起業する意欲ある学生もいるようです。
その実習については、「高専」によって異なるものの鋳造、鍛造実習などがカリキュラムに組み込まれており、理工系学科の学生は全員が鋳造や鍛造作業を学習します。鋳造作業では砂型の製造から、鋳物製造までの全工程を経験します。鍛造実習では金属材料の一部または全体を圧縮または打撃することによって、成形および鍛錬を学習します。
また、金属加工では バンドソーやコンターマシン、シャーリングマシンを使った切断、サーボプレスを使った抜き、成形加工、レーザマシンを使った金属板、木材、樹脂などの切断加工も経験します。
実習工場のバンドソー
(釧路高専)
さらに、汎用旋盤、NC旋盤、ターニングセンター、マシニングセンターを使った機械加工も実習します。その時間は4年生大学での実習時間を大きく上回っており、2次元、3次元CADの実習、NC制御マシンの操作に必要なプログラム作成の実習も行われています。
こうしたカリキュラムや実習の実態をみると「職業に必要な実践的かつ専門的な知識及び技術を有する創造的な人材を育成する」という「高専」設立の意図が十分に反映された教育が行われていると思われます。
汎用旋盤が並ぶ実習工場
(鹿児島高専)
しかし、入学する15歳の段階で、自分が将来進むための進路を考え、専攻する学科を選択しなければならず、その点は心配もありますが、選択した学科を2年目以降で見直して、変更をすることもできるようです。
また、優秀なエンジニアを育成するために、地域産業界や地方公共団体等と連携して、効果的なインターンシップを実施しており、体験的な学習により現場で通用する実践力を獲得する機会も大学よりも多いようです。
「高専」の定員は学科単位に1学年40名を基本としており、5年生までを加えても200名のみで、大学で行われる大教室での講義風景は見られず、マスプロ教育はありません。各学科には教授、准教授、講師、助教を加えると10名以上の教師がおり、大学と比較し、少人精鋭の指導体制が特長となっています。
5年生になると卒業研究という課題があり、指導する教授の研究課題をサポートする形で実験を行い、卒業レポートとしてまとめます。専攻科の学生の中には各種学会の学生会員として、学会で研究論文を発表し、「論文賞」を受賞するほどの研究熱心な学生もいるようです。
入学者の半数が寮生活で
豊かな人間関係構築
通学が困難な学生には男子・女子の各学生寮や国際寮が用意されており、多様な寮生活を経験することもできます。また、入学する学生のほぼ半数が寮生活をしている「高専」もあります。寮では担当教員が生活を共にしているので、教師、先輩、後輩、同級生などとの豊かな人間関係構築にも役立っているようです。
産学連携の拠点
「地域共同テクノセンター」を設置
また、地元企業の技術相談、地場産業に対応した研究をされている先生方も多く、地元経済の発展に役立てる人材育成や研究を通して、地域振興に貢献するため企業との産学連携に取り組む教員も多いようです。「高専」は、それぞれの地域における高等教育機関の一翼を担うと同時に、研究機関としても大きな役割を果たしています。
研究成果を社会に還元する窓口として全ての国立高専には「地域共同テクノセンター」などの組織が整備されています。
「地域共同テクノセンター」は地域の企業との連携を図り、共同研究や技術相談などを行い地域経済の活性化の推進に大きな役割を果たしています。
また、教員の研究分野や研究活動の成果について、シーズ集やパンフレットなどの広報誌やホームページでの紹介も国立高専ごとに積極的に取り組まれています。
「高専」に所属する教員は3800名を超えます。この大規模な研究者集団の研究関連情報をまとめ、それらを組織的に検索できるようにした「国立高専研究情報ポータルサイト」があります。ここでは、教員の地区単位、学校単位、研究分野単位での検索ができます。そこで研究活動の厚みや広さ・多様性など、高専における高度な研究活動や産官学連携活動の全体像を確認することができるので、すでに多くの関係者に積極的に活用されています。
「高専」には硬さ試験機、引張試験機、SEMなどの電子顕微鏡も設備されており、こうした試験機を使った技術相談を行うなど、共同研究、受託研究、受託試験、奨学寄附金など産学連携を進めることで、定期的に卒業生が入社するようになった金属加工会社もあります。人手不足や、DX化に対応するデジタル人材がいないと言われる中で、今後は、優秀な人材確保のために地域の「高専」に着目する必要があります。
電子顕微鏡(SEM)
(釧路高専)
記事:マシニスト出版