グリーン成長戦略で産業が変わる
経済と環境の好循環目指す
2020年10月所信表明演説において、「2050年までに、温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする2050年カーボンニュートラル」を宣言しました。その実現のための指針として政府は、「経済と環境の好循環」を作っていく産業政策として、2021年6月に「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」(以下、グリーン成長戦略)を発表しました。
地球温暖化への対応を、経済成長の制約やコストと考える時代は終わり、成長の機会と捉えことが必要になっています。
このように従来の発想を転換し、積極的に産業構造や社会経済の変革をもたらし、次の大きな成長に繋げていく必要不可欠となっています。
「環境・エネルギー」を成長分野と考える中小企業
2019年に東京商工リサーチが、中小企業に新たに進出を検討している成長分野についてアンケート調査をしたところ、「環境・エネルギー」と回答した企業の割合が最も高く、「AI・IoT」「医療機器・ヘルスケア」が続いていました。
当時から、SDGs(国連が定めた持続可能な開発目標)やESG(環境・社会・ガバナンス)などにより「環境・エネルギー」への関心が高まっていたと考えられています。
「2050年 カーボンニュートラル宣言」が行われたことで、こうした傾向はさらに加速すると思われます。しかし、「環境・エネルギー」といっても具体的にどのような業界をターゲットとするのかは、なかなか見えてきません。
成長が期待される14分野
「グリーン成長戦略」では、温室効果ガス排出の8割以上を占めるエネルギー分野の取り組みが特に重要になるとして、成長が期待される14の産業を上げています。
14の分野は「エネルギー関連産業」、「製造・輸送関連産業」、「家庭・オフィス関連産業」に分けられ、それぞれの分野の特性を踏まえながら、「グリーン成長戦略」では、日本の国際競争力を強化しつつ、自立的な市場拡大につなげるための具体策を盛り込んでいくとしています。
以下に、板金業界に関連すると思われる産業を紹介します。
洋上風力発電
洋上風力発電は、大量導入やコスト低減が可能であるとともに、経済波及効果が期待され、再生可能エネルギーの主力電源化に向けた切り札とされています。特に、事業規模が数千億円、部品数が数万点と多いため、関連産業への波及効果が大きく、グローバルな洋上風力市場は着実に成長しています。国際機関の分析では、2040年には全世界で562GW(現在の24倍)、120兆円超の投資が見込まれる成長産業とされています。
わが国では、日本風力発電協会(JWPA)が洋上風力の中長期の導入目標値を、2030年までに10GW、2050年までに37GWと見込んでいます。
経済波及効果の点で考えた場合、洋上風力発電からの送電網が重要なため、直流送電線については導入に向けた具体的検討が始まっています。
これによって日本の送電網が大きく変わる可能性があります。
すでに配電盤業界では洋上風力発電所向けの設備を受注、納入している案件が増える傾向にあるといえます。
洋上風力発電所に設置される受配電設備
水素産業
水素は、発電・輸送・産業など幅広い分野で活用が期待されるカーボンニュートラルのキーテクノロジーといわれています。
水素を新たな資源と位置づけ、乗用車用途だけではなく、幅広い分野への応用が考えられています。
「グリーン成長戦略」では2030年に供給コスト30円/Nm3(現在の販売価格の1/3以下)、2050年に水素発電コストをガス火力以下(20円/Nm3程度以下)にすることが計画されており、発電(燃料電池、タービン)、輸送(自動車、船舶、航空機、鉄道等)、産業(製鉄、化学、石油精製等)などの様々な分野に可能性があり、各分野において水素ステーション、水素発電などで板金ビジネスのチャンスが生まれるでしょう。
自動車・蓄電池産業
自動車のEV(電動)化は想像以上のスピードで進み、2030年代には世界中で電動化率について非常に高い目標を掲げています。
現在、EVの購入障壁として上位を占めるのが、購入者の周辺の充電環境・充電の所要時間など充電インフラに関するものです。国内のEV充電器設置数は2020年に普通充電器2万1,340基、急速充電器7,893基の計2万9,233基で中国や欧米と比較すると圧倒的に少ないのが現状です。
これに対して政府は、2030年までに急速充電器3万基、普通充電器12万基を設置する目標を掲げています。
国内のEV充電器設置台数
欧州では1万人あたり38基(日本の16倍の設置率)設置されている国もあるため、今後EVが日本国内でより普及するためには、15万基では十分とはいえず、EVシフトが本格化すれば、急速充電器だけでも20~30万基必要という見方もあります。
また、充電器自体も、充電時間短縮の市場ニーズに伴い進化していくことが予想され、さらに、電池・燃料電池・モータ等の電動車関連技術とサプライチェーン、バリューチェーンの強化も必須となってくるため、板金業界にもチャンスが訪れる可能性は高いと考えられます。
蓄電池については、今後の再生エネルギーのシフトにおいて注目される大規模な風力・太陽光発電を安定的に供給するために、大容量蓄電池システムが注目されてます。EVに搭載するものに限らず、幅広い活躍が期待されるため、今後、各分野に着目することが必要になります。
EV急速充電器
半導体・情報通信機器
デジタル化が急速に進展する中、カーボンニュートラルは、製造・サービス・輸送・インフラなど、あらゆる分野で電化・デジタル化が進んだ社会によって実現されると言われています。
したがって、デジタル化・電化の基盤である半導体・情報通信産業は、グリーンとデジタルを同時に進める上でのキー産業と言われています。
中でも、社会・経済全体でエネルギーの効率的利用を達成するために、デジタル化を支えるデータセンター(以下DC)、情報通信インフラなどの国内整備が必要になっていますが、今後はさらに、高度な計算能力が求められることから、大規模なHSDC(ハイパースケールデータセンター)が必要になってくるといえます。
また、国内では2000年代に建てられたデータセンターが全体の40%以上を占め、今後は建て替え需要が発生するため、これらのDCが必要とするラック、電源などの筐体板金需要が拡大すると考えられます。また、DCだけではなく、5Gなどの情報通信インフラの整備を迅速に進めることが必要となってきます。
国内ハイパースケールデータセンター延べ床面積予測:2019〜2025年
出典:IDC Japan
2020年から5Gサービスが開始されましたが、安全・安心な5Gインフラの早期整備を進めるとともに、高速大容量通信だけでなく、超低遅延や多数同時接続などの特長を生かした5Gの機能強化に対応した情報通信システムや、ポスト5Gなどの研究開発が進み、実用化されてくるため、基地局に設置される筐体などの板金需要が期待されます。また、半導体製造装置の需要も山谷はあるものの、相対的には右肩上がりの拡大が見込まれています。
住宅・建築物産業/次世代型太陽光産業
住宅・建築物の省エネルギー性能の向上や、長寿命化等の推進が進んでいますが、カーボンニュートラルを目指すに当たっては、ライフサイクル全体(建築から解体・再利用等まで)を通じたネット・ゼロ・エネルギー化の普及、省エネ改修の推進、高性能断熱材や高効率機器、再生可能エネルギーの導入、建築物における木材利用の促進を可能な限り進めていく必要があります。
再生可能エネルギーに関しては、日本が強みをもつ薄型軽量の次世代太陽電池が実用化されれば、既存の太陽電池では技術的に設置が困難な耐荷重が小さい住宅の屋根や壁面などへ太陽光パネルの搭載が可能となり、住宅・ビルのエネルギー管理システム(HEMS・BEMS)などを用い、太陽光発電システムの発電量に合わせたエネルギーマネジメントができるようになります。
東京都はすでに新築住宅には太陽光発電を義務化することを検討中といわれており、そうなれば太陽光発電装置や自家使用に必要なパワコン、定置用蓄電池などの需要も拡大すると考えられます。
また、カーボンニュートラルに向けて、太陽光や風力といった再生可能エネルギー発電設備が急増するのに伴い、出力変動抑制や電力品質向上、電力安定化などを目的とした定置用蓄電池の導入が増加、こうした分野でも新たな板金需要が期待されています。
定置用リチウムイオン蓄電システムの出荷実績(台数)
出典:(一社)日本電機工業会
ビジネスを変容させることが必要
「2050年カーボンニュートラル」に対応し、板金市場に関連しそうな有望業界、業種を紹介しましたが、この他にも板金業界には様々なビジネスチャンスが拡がっていくと考えられます。
一方、カーボンニュートラルの重要な指標の1つである温室効果ガスの排出量については、日本国内でも本年9月に示された、「地球温暖化対策推進法の制度改定案」にて、企業単位ではなく事業所・グループ会社全体、かつ調達する部品・原材料なども含め、サプライチェーン全体での排出量の報告を求めるとしています。
これらのことから、板金加工業界もビジネスを変容させていくことが求められています。
記事:マシニスト出版