技能伝承とモチベーションアップにつながる
「技能検定」
人手不足と技能伝承が深刻化
少子高齢化と人口減少により働き手の不足がますます深刻化している中、中小製造業が持続的な成長を実現するためには人材確保と人材育成が重要な課題となっています。また、熟練技能者の退職が相次ぐ中、モノづくり企業にとっての基盤である技術・技能の継承(技能伝承)と、個々の従業員が主体的に能力を発揮・向上していける環境の整備が大切です。
そうした中で、これまで以上に注目されているのが「技能検定制度」の活用です。
技能の習得レベルを国が認める「技能検定」
「技能検定」は、働く人々の有する技能の習得レベルを評価する国家検定制度です。職業能力開発促進法に基づいて実施され、「労働者の技能と地位の向上をはかること」を目的としています。
合格者には厚生労働大臣または都道府県知事の合格証書が交付され、「技能士」を名乗ることができます。「技能士」は2019年度までに延べ471万人を超え、確かな技能の証として各職場において高く評価されています。
技能検定には全部で130職種あり、板金加工に関わるものとしては「工場板金」— 「機械板金作業」(1・2級)と「数値制御タレットパンチプレス板金作業」(1・2級)、「工場板金」(特級)が該当します。
出典:中央職業能力開発協会
「技能検定」活用のメリット
技能検定制度を活用する主なメリットとしては、次のようなことが挙げられます。
1. 技術・技能の向上
従業員の知識や技術・技能が向上し、会社にとっては生産性や品質の向上、顧客満足度の改善につながります。
2. モチベーションアップ
会社が技能検定の資格取得を評価・後押しし、従業員が技能検定を目標に設定することにより、従業員のスキルアップに対するモチベーションが向上します。
3. 多能工化
多能工化(マルチスキル化)が進み、工程横断的なサポートやヘルプ、事業環境の変化に対応した柔軟な配置変更ができるようになります。
実技試験(イメージ)
4. スキルの見える化
技能検定を社員のスキルを“見える化”するツールとして活用することで、適材適所の配置や公正な処遇を実現できます。人事評価の根拠となることで、社内への説得力も高まります。
5. 顧客へのPR
技能検定の実績を公表することで、能力開発に積極的な会社の姿勢をPRするとともに、既存顧客の信頼・評価、新規顧客の安心感につながります。
6. 人材採用への貢献
従業員の成長を後押しする企業姿勢は、求人の応募者にとっても魅力となり、人材採用に良い効果をもたらします。
「技能検定」活用の課題
技能検定を活用するメリットは多々ありますが、会社として活用する場合、課題があることも確かです。
ひとつは、「従業員に対する動機付け」です。受検のための勉強や練習は、従業員にとっても負担になります。また、実務経験が豊富なべテラン社員は、資格を取得する必要性を感じにくく、上司や先輩が消極的だと、若手社員にもブレーキがかかります。全社員を巻き込んで技能検定にチャレンジしたくなるような雰囲気、または、職能給や報奨金のようなわかりやすいメリットが必要になります。
「支援の範囲」と「評価の方法」にも課題があります。「支援」については、受検手数料や交通費などの経費は会社負担か自己負担か、勉強・練習や講習会受講は時間内か時間外か、学科の勉強に必要なテキストや実技の練習に必要な材料・マシンの運転にかかる費用をどう考えるかです。「評価」については、人事評価での扱いや、社内表彰、金一封などの報奨、職能給や資格手当などの加給を実施するかどうかを考えなくてはなりません。
これらの課題への答えは、それぞれの企業規模や組織風土、経営者・幹部・実務担当者の関係性、仕事の内容、経営者の考え方などによって変わってきます。
以下に、それぞれのやり方で「技能検定制度」を活用し、「技能士」を増やしている企業を3社を紹介します。
社内・社外へ技術力を示す
(株)キヨシゲ(千葉県浦安市、代表取締役社長:小林光德氏)は、「技能検定」を「社員教育の背骨」と位置づけ、めざましい成果をあげてきました。2006年から2021年までの16年間で、「工場板金技能士」の特級・1級・2級の合格者は延べ52名。これは千葉県全体の合格者数の26%に相当し、毎年3.3名が資格を取得していることになります。
板金加工を含む2次加工の領域で後発の同社は、たしかな技術力を身につけ、それを社外に示す必要がありました。2006年に2代目社長に就任した小林光德社長は、顧客に対して同社の技術力を証明するツールとして「技能検定」に注目しました。
それと同時に、技能検定は社内組織を構築するうえで明確な“ものさし”にもなりました。第三者の公正な評価に基づく資格を取得することによって、その社員がたしかな技術を持つことを社内に示し、組織の要として育てていきました。
小林光德社長
小林社長が刷新した人事考課システムでは、「情意考課」の中に「自己啓発」の項目があり、技能検定をはじめとする職務に沿った資格試験にチャレンジしていることが評価されます。受検手数料は会社が負担し、2019年度からは公益財団法人天田財団の「技能検定 工場板金 受検手数料助成事業」を利用しています。
毎年1月に開催される新年会では、数日後に検定に挑む受検者が壇上に上がり、社員全員でエールを送ります。合格して資格を取得すれば、毎年4月に開催される全社員参加の全体会議で表彰され、金一封が贈られます。
「資格を持っていることが社内外での評価につながると、ほかの社員にとっても資格が“憧れ”になっていきました。私が『資格を取れ』と言わなくても、社員たちがみずから『(検定を)受けさせてほしい』という声を次々と挙げてくれるようになりました」と小林社長は語っています。
所狭しと掲示された技能検定の合格証書
ベトナム人スタッフも技能向上を目指す
田中産業(株)(静岡県三島市、代表取締役:田中公典氏)は2008年にベトナム人の「技能実習生」を受け入れ始めたことがきっかけとなり、ダイバーシティ経営とグローバル化を推進してきました。2010年からはベトナム人の「高度人材」(エンジニア)を採用するようになり、2019年からは新たに始まった「特定技能」の制度も活用。今では全従業員65名のうち45%に相当する29名がベトナム人スタッフとなっています。29名の内訳は、技能実習生4名、特定技能7名、高度人材18名で、製造工程にまんべんなく配置され、欠かせない戦力となっています。
外国人スタッフの割合が高まると、技術・技能の向上と蓄積がよりいっそう深刻な課題となります。この課題に対して、2015年に3代目社長に就任した田中公典社長は、人事評価制度を刷新し、「技能検定(工場板金技能士)」をはじめとする資格取得を促進することで対応しました。
田中公典社長
新たな人事評価制度では、対象となる資格を取得すると昇給につながり、資格手当がつきます。対象となる資格は、技能検定(工場板金技能士)のほか、溶接技能者、QC検定、英検(実用英語技能検定)、マイクロソフトオフィススペシャリスト(MOS)などで、外国人スタッフの場合は日本語検定も対象となります。
現在、技能検定(工場板金技能士)の有資格者は延べ17名で、このうちベトナム人スタッフは4名。このほかに、まだ有資格者ではありませんが、学科のみや実技のみに合格しているスタッフも数名います。社員同士で教え合う関係も生まれ、受検直前には役職者が中心になって勉強会を開催するなど、社員がお互いに声をかけ合い、自発的に学ぼうとする雰囲気が生まれています。
壁に貼られた技能検定(工場板金技能士)の門標
田中社長は「この(昇給や資格手当でモチベーションを喚起する)人事評価制度がベストと思っているわけではありません。しかし、当社の場合は外国人スタッフが多いこともあって、具体的に何をがんばれば評価や昇給につながるか、目に見えるかたちでわかりやすく示す必要がありました。受検手数料は会社が全額負担します。また、受検に向けた実技の練習は、お客さまにご迷惑をかけない範囲で残業時間に行うことを認めています。こうした仕組みづくりが功を奏して、技能検定にチャレンジする社員が毎年増えています」と語っています。
浅くても広い知識を身につけることの大切さ
大永工業(株)(長野県埴科郡、代表取締役会長:村田和夫氏、代表取締役社長:西定男氏)は、人材育成が大きな課題でした。
同社では、入社後1週間は工場でひととおりの作業の研修を行い、その後、村田和夫会長や西定男社長が本人の希望を聞きながら適性を判断して配属先を決めます。配属された作業者は、その工程専属の作業者としてスキルを磨き、サブリーダー、リーダーと職制が上がっていくキャリアパスを採用しています。
しかし、工程ごとの専門職の育成に特化することにより、前後工程への関心が薄れてしまい、自分たちに与えられた仕事を納期どおりに終わらせることを優先する「部分最適」の考えに陥りがちで、「全工程の最適化」を考えられる作業者の育成が課題となっていました。
西定男社長
工場板金技能士1級の資格をもつ西社長は、みずからが技能検定を受検した際に学んだ幅広い知識が仕事で役立った経験から、工程に特化した専門的なスキルとは別に「浅くても広い知識を身につけることが重要」と考え、社員に対して「技能検定」へのチャレンジを促しています。
「資格はその人のキャリアや誇りであり、その人が成長すれば結果として会社も成長する」という考えに立ち、会社も資格取得を全面的にバックアップしています。技能検定の受検手数料は会社が負担し、終業後に端材やマシンを使って加工実習や訓練など、受検のための勉強を自由にできる環境を整備。合格して資格を取得すると、職能給が上乗せされるかたちで昇給します。
機会があるたびに従業員に「自分の知識を高めるために技能検定を受検してみないか」と呼びかけてきた結果、約14年間で12名の社員が工場板金技能士1級・2級の資格を取得しました。日本規格協会主催の品質管理の知識を問う「QC検定」には11名が合格しています。
ずらりと並んだ技能検定の合格証書
西社長は「浅くても良いから広い知識を身につけることの大切さを社員も理解してくれるようになりました。資格を取得した若手社員には、将来は業務全体を俯瞰して、『何が問題なのか』『何を優先しなければいけないのか』『何を変えなければいけないのか』に気づき、それを実行できる人材に育ってもらいたい。私としては技能士の資格を取得した社員への職能給の金額を増やし、従業員の技能検定受検のモチベーションアップをはかりたいと思っています」と語っています。
「技能士」たちの声 — 「技能検定」の効能
それぞれの会社で技能検定の資格を取得した従業員のコメントを紹介します。
技能検定「工場板金」の特級を取得しているキヨシゲの加工センター(板金工場)の白井誠副工場長は「国家検定に合格したことは自信や誇りになります。技能検定にチャレンジすることで、切磋琢磨しながら成長していこうとする意識が強くなり、チームとしても強くなりました。すでに加工に携わっている社員も基本に立ち返ることができるので、チャレンジすること自体に大きな価値があると思います。メリットばかりでデメリットはありません。今では、資格を持っている上司や先輩が、これから受検する部下や後輩を指導して、全員協力体制で有資格者を増やしていこうとしています」と語っています。
白井誠副工場長
ベトナム出身で、田中産業のレーザー課長として活躍するファム・テェ・クオン課長は、入社9年目の2019年に「数値制御タレットパンチプレス板金作業」の1級を取得しました。
クオン課長は「当時はCAD/CAMしか担当していませんでしたが、より成長できるのではないかという思いから技能検定に挑戦しました。マシンの操作や金型交換の作業が理解できると、プログラムや金型割付を行ううえで気をつけなければいけないことが今まで以上にわかるようになりました。以前は、現場のオペレータに何か指摘されてもぴんとこないところがありましたが、今なら『なるほど、たしかに』とよく理解できます。取得してムダになることはないので、後から入社したみなさんもぜひ技能検定にチャレンジしてほしいと思います」と語っています。
ファム・テェ・クオン課長
大永工業の2次加工工程(タップ加工・バリ取りなど)に従事し、2020年度後期の技能検定で「機械板金作業」の2級に合格した青山和樹さんは「私は普通科高校の出身で、金属加工や板金加工に関しては素人でした。
西社長から『技能検定にチャレンジしてみないか』といわれ、思い切ってチャレンジしました。2級に合格してからは、後工程から『2次加工ではこうしてほしい』と要望される意味が理解できるようになり、後工程が楽になるためにはどうしたら良いかなどを考えるようになりました。日ごろから西社長が話していた『浅くても良いから、広い知識を学んでおくことが大切』という言葉の意味がようやく理解できました」と語っています。
青山和樹さん
人材の育成が急務 — 「技能検定制度」の活用を
働き手の不足に加え、長時間労働の是正をはじめとした「働き方改革」が進められていることから、中小製造業は限られた人材、限られた労働時間で、競争力を維持・向上していかなければなりません。そのためには、自動化・省力化に貢献する最新の加工設備やデジタル技術を採り入れるとともに、高い技術・技能を持ち、工場全体の最適化に寄与する人材の育成が急務です。
従業員の技術・技能の向上とモチベーションアップに貢献する「技能検定制度」の活用をぜひご検討ください。
記事:マシニスト出版
令和3年度後期の受検申請受付が10月4日より開始されました。 詳しくはこちら
公益財団法人天田財団は「金属等の加工業に従事される方の人材育成と技能向上に有益な資格の取得に対する助成による勤労意欲のある方への就労の支援」を公益目的として、2019年度より「工場板金」の受検手数料助成事業を実施しています。
また、職業訓練法人アマダスクールでは、工場板金技能検定受験者を対象とした“技能検定準備講習”を実施しています。