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モノづくり企業の挑戦

板金加工業界

脱炭素経営で企業価値を高める
「SBT」認証企業

写真提供:prakobkit/PIXTA(ピクスタ)

写真提供:prakobkit/PIXTA(ピクスタ)

脱炭素の国際認証「SBT」を
取得する企業が急増中

地球温暖化や気候変動が世界共通の課題として広く認識されるようになり、サプライヤーである中小製造業にも脱炭素化への取り組みが求められるようになってきました。

そうした中、脱炭素社会の実現へ向けた世界共通の国際認証「SBT」を取得する企業が急速に増えています。2023年11月末時点で、SBTの認証を取得している日本の企業は804社、そのうち中小企業は546社で68%を占めています。

SBTは「Science Based Targets」の略で、パリ協定が定める水準と整合した温室効果ガス排出削減目標を指します。4つの国際団体によってつくられた「SBTi」(SBTイニシアティブ)が運営しており、パリ協定が定める水準と整合した温室効果ガス排出削減目標を定めた企業に対して認証を行います。環境省・経済産業省が運営する「グリーン・バリューチェーンプラットフォーム」でも詳しく紹介しています。

SBTには、大企業を対象とした「通常版SBT」と、中小企業を対象とした「中小企業版SBT」の2種類があります。

両者の最大の相違点は「削減対象範囲」です。「中小企業版SBT」は「Scope1」「Scope2」と呼ばれる自社の排出量のみが対象となりますが、「通常版SBT」はScope1・2だけでなく、「Scope3」と呼ばれるサプライチェーンの上流・下流に係る温室効果ガス排出量までが対象となります。「通常版SBT」の認証を取得した大企業は、「Scope3」に該当するサプライヤーに対してSBT目標の設定を求める動きも見せ始めています。

温室効果ガス排出量のScopeの全体像 温室効果ガス排出量のScopeの全体像
温室効果ガス排出量のScopeの全体像

出典:関東経済産業局の資料より編集部作成

日本国内でも、環境省がSBT目標設定支援事業を実施したり、「SBT等の達成に向けたGHG(温室効果ガス)排出削減計画策定ガイドブック」を発行したりするなど、SBT認証取得を奨励しています。また、政府が実施している補助金・助成金の事業でも、SBT認証が申請の要件に含まれていたり、審査時に加点されたりするものがあり、こうした事業は今後も増えていくと考えられます。

なお、「中小企業版SBT」は取得企業が急増しており、2024年1月以降には、対象となる企業の要件や申請の流れ、SBTiに支払う費用などが変更になります。申請を検討される際は、あらかじめご確認ください。

ここからは、いち早くSBT認証を取得した企業3社の事例をご紹介します。

CDPへの情報開示とSBT認証取得を実施

自動車部品の金属プレス製品を手がける協発工業(株)(愛知県岡崎市、柿本浩社長)は、2021年1月、自動車・輸送用機器のセクターとして国内で初めて「SBT」の認証を取得しました。「中小企業版SBT」の対象となるScope1(直接排出)とScope2(間接排出)については、2030年までに温室効果ガスの排出量を2018年度比で50%削減する目標を設定しました。さらにScope3(その他の排出)についても、排出量を測定して削減に取り組むことを宣言しました。

SBTの認証取得に先立ち、2020年夏からはSBTの共同運営団体のひとつである「CDP」(旧名称:Carbon Disclosure Project)に、Scope3の概算値を含む温室効果ガス排出量の情報開示をスタートしました。CDPは気候変動関連情報を収集・開示する国際的な環境非営利団体(NGO)で、環境問題に対する企業の取り組みを評価するうえで大きな影響力があります。

CDPで開示した温室効果ガス排出量の推移とSBT認証を受けた排出削減目標
CDPで開示した温室効果ガス排出量の推移とSBT認証を受けた排出削減目標

出典:CDP、SBTi

2021年度には、環境省の「中小企業の中長期の削減目標に向けた取組可能な対策行動の可視化モデル事業」に参加し、同省の支援を受けながらSBTの目標達成へ向けた具体的な削減計画(ロードマップ)を策定しました。現在は排出量の約90%を占める電力起源CO2の削減対策を順次実行しています。

CO2排出削減計画(2021年度策定) CO2排出削減計画(2021年度策定)
CO2排出削減計画(2021年度策定)

出典:環境省「中小規模事業者向けの脱炭素経営導入 事例集」

脱炭素経営による生き残り戦略

柿本浩社長は、脱炭素経営に取り組む意義について次のように語っています。

「多くの大企業がCDPに賛同し、Scope3対応として取引先に温室効果ガスの排出削減を要請している状況を知って、強い危機感を覚えました。グローバル企業はサプライヤーに対して再エネ利用や排出削減の取り組みを取引条件にしつつあり、自動車産業ではトヨタ自動車が主要サプライヤーに年率3%のCO2排出量削減を求めるなど、事業環境が大きく変わりつつあります」。

柿本浩社長

柿本浩社長

「元請け企業(ティア1)に対して排出削減要請が強まれば、当社のようなティア2のサプライヤーにも影響が及ぶと予想されます。これからの時代、どの企業にとっても気候変動対策は避けて通れない課題です。大企業は言わずもがなで、その調達先である当社のような下請け企業は、排出量を正確に把握していることが“選ばれる条件”になっていきます。逆に、気候変動対策を行わないことは、今後の取引量に影響を与えるリスクと捉えています」。

2021年に竣工した新社屋。工場統合によるエネルギー使用の効率化により2.5トンCO<sub>2</sub>の排出削減を実現した

2021年に竣工した新社屋。工場統合によるエネルギー使用の効率化により2.5トンCO2の排出削減を実現した

「正確な排出量を算定し、第三者機関であるCDPに開示し、削減目標を設定してSBTの認証を取得していることは、お客さまの安心感・信頼感につながり、ビジネスチャンスの拡大も期待できます。できないことを求められてもできませんが、できることをやらないのは失策です。脱炭素への対応は“できること”ですから、脱炭素経営を先取りすることで生き残り続ける企業でありたいと考えています」(柿本社長)。

2050年までに「再エネ100%」を目指す

空質空調機器向け板金部品などを手がける島田工業(株)(群馬県伊勢崎市、島田渉社長)は2023年1月、「中小企業版SBT」の認証を取得しました。

同社が目標として掲げたのは下記の2点です。

①2030年までに温室効果ガスの排出量(Scope1・Scope2)を2020年比で42%削減する
②2050年までに「再エネ100%」を目指す

同社は2022年に「20年ビジョンマップ」を作成し、会社を挙げてSDGs(持続可能な開発目標)にも取り組むようになりました。そうした中、2022年8月に取引金融機関から「SBT」の認証取得をすすめられ、「お客さまから選ばれる企業になるために必要な認証だ」と判断して申請を決断しました。

SBTやSDGsに取り組む企業姿勢をパンフレットにして社内外にPRしている

SBTやSDGsに取り組む企業姿勢をパンフレットにして社内外にPRしている

今後は排出削減目標の達成と「再エネ100%」の実現を目指し、ハイブリッド車・EVへの入れ替えや自家消費型の太陽光発電システムの導入などを推進していこうとしています。同社は2012年からFIT(固定価格買取制度)による太陽光発電事業をスタートし、環境にやさしい再生可能エネルギーを提供してきました。買い取り期間が終了した2022年からは「自家消費型」へと転換し、現在の発電量は268kWとなっています。今後は未設置の工場や駐車場屋根などへの増設も計画していく予定です。

新たに竣工した板金工場と駐車場の屋根に自家消費型の太陽光発電所システムを設置している

新たに竣工した板金工場と駐車場の屋根に自家消費型の太陽光発電所システムを設置している

SBT認証が取引の“絶対条件”になる

島田渉社長は、SBTの認証を取得する意義やメリットについて、次のように語っています。

「『中小企業版SBT』はScope1・2のみですが、当社のお客さまは大企業なので『通常版SBT』となり、Scope3への対応が必須になります。お客さまにとってのScope3には、当社のようなサプライヤーの排出量が含まれます。今後はSBT認証取得企業でなければ仕事は出せないという事態も想定され、近い将来にはSBT認証が取引の“絶対条件”になると思います」。

津田義久社長

島田渉社長

「SBT認証は資金調達の面でもメリットがあります。当社は『事業再構築補助金』の8次募集で『グリーン成長枠』に採択され、ファイバーレーザ複合マシン『ACIES-2512T-AJ』を2棚・TK仕様で導入することができました。当社は『事業再構築補助金』の1次募集で採択された実績があり、2度目の申請にもかかわらず採択されたのは、SBT認証を取得していたことで加点されたためと思われます」。

「事業再構築補助金」で導入した「ACIES-2512T-AJ」

「事業再構築補助金」で導入した「ACIES-2512T-AJ」

「さらに、SBT認証を取得していると、『ものづくり補助金』の『グリーン枠』の『アドバンス類型』にも申請できます。政府も2050年のカーボンニュートラルを目指して、グリーントランスフォーメーション(GX)に力を入れています。認証を取得する際にはコンサルタント会社やSBTiへ支払う費用が発生しますが、こうした補助金を有効に活用できれば、費用対効果も十分見込めると思います」(島田社長)。

「脱炭素化は中小企業にとっても避けて通れない課題」

エレベーター・エスカレーター部品などを手がける(株)津田工業(岐阜県各務原市、津田義久社長)は、2023年6月、「中小企業版SBT」の認証を取得しました。2030年までにScope1とScope2の温室効果ガス排出量を2021年比で42%削減するという目標を掲げ、本格的に排出削減に取り組んでいこうとしています。

SBTiへの申請に先立ち、同社は過去1年分の電気代・ガス代・灯油代などのわかる資料をコンサルタントに提出しました。それをもとにコンサルタントが作成したデータベースに情報を入力し、自社のCO2排出量を算定して、削減目標を定めました。

SBTiへ申請するのと同時に、専門家が企業のエネルギー利用をあらゆる角度から調査・分析する「省エネ最適化診断」を申し込みました。診断士が来社し、2カ月後にはエネルギー管理状況や使用状況、エネルギー削減ポテンシャルなどをもとに改善点を挙げた結果報告書が提出されました。

同社は診断士のアドバイスをもとに、月々の電気代・電気使用量を記したグラフを作成し、“見える化”しました。朝礼では社員全員の前で「世界的な流れの中、脱炭素化は私たち中小規模事業者にとっても避けて通れない課題です」と説明し、会社全体で取り組む姿勢を打ち出しました。

エネルギー別 温室効果ガス排出量

エネルギー別 温室効果ガス排出量

「独自開発技術を生かした省エネものづくりの提案」

津田義久社長は、排出削減のための活動として、「独自開発技術を生かした省エネものづくりの提案」「暖房機器の変更」「自家消費型の太陽光発電システムの導入」の3つを考えています。

このうち、ひとつ目の「独自開発技術を生かした省エネものづくりの提案」について、津田社長は次のように語っています。

「当社はこれまで様々な独自工法を考案し、中には溶接レス・塗装レスに貢献するものがあります。プレス機での自動カシメを含め、部品同士をリベットで固定する独自技術を追求し、安定品質と低コストを提案しています。今後はそれに加えて、省エネや脱炭素への貢献もPRしていきたいと考えています」。

津田義久社長

津田義久社長

「表面処理鋼板の場合、スポット溶接だと溶接できているかどうかがわかりにくく、一般的な鋼板の場合、塗装をしないと錆びてしまいます。当社が開発した『クリンチングスピードファスナー工法』であれば、溶接も塗装も必要ありません。また、リベットによる締結は溶接と異なり、どこでも組み立てることができます。バラした状態で納品し、電装部品を組み込むときにその場で組み立てることができるため、輸送費は1/5で済み、CO2排出量も削減できます」。

独自開発の「クリンチングスピードファスナー工法」(国内外で特許取得)で加工を行うパンチングマシン「EMK-3510MII」

独自開発の「クリンチングスピードファスナー工法」(国内外で特許取得)で加工を行うパンチングマシン「EMK-3510MⅡ」

「将来的には『この加工方法を採用すれば、従来工法に比べてこれくらいの消費電力とCO2排出量を削減できます』と具体的な効果まで示して提案していきたいと考えています。また、当社は独自工法や自社商品で海外の特許を取得しています。今後、海外市場へ向けて拡販していく際には、SBT認証がアピールポイントにもなると考えています」(津田社長)。

SBT認証や、「クリンチングスピードファスナー工法」などの国内外で取得した特許証

SBT認証や、「クリンチングスピードファスナー工法」などの国内外で取得した特許証

脱炭素化への具体的な対応を

脱炭素化に意識的なサプライヤーは、SBTの認証取得にとどまらず、排出削減への貢献をメーカーに提案し始めています。

電気使用量を大幅に減らせるファイバーレーザの採用をはじめ、筐体組立用の汎用金具やリベット・かしめを用いた「溶接レス構造」への設計変更や表面処理鋼板の採用による「塗装レス」、また、溶接から曲げやプレス一体成形への工法転換などを提案する動きも見られます。「物流2024年問題」への対応も踏まえ、在庫・積載・輸送の効率化に貢献することで、得意先とのパートナーシップ強化を目指す企業も現れています。

こうした事業環境の変化は、今後の経営戦略や営業戦略、技術開発や設備投資の方向性にも関わってきます。これからは「SBT認証」取得を含め、脱炭素化への取り組みがこれまで以上に求められていくと考えられます。

記事:マシニスト出版

アマダは、お客さまの脱炭素経営を支援しています。
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